「シンデレラストーリー」を支える苦労
2人の小さな子どもを抱えながら、自分が欲しいと思ったものを手づくりした縫製品の販売で月商は半年で100万円を超え、2016年11月の段階で主婦のパートを30名雇用するママさん起業家。それが「抱っこひも収納カバー ルカコ」代表の仙田忍さんだ。ここだけ聞くと単なる「シンデレラストーリー」と受け取られてしまうかもしれないが、小さいことを積み重ねてきた仙田さんのプロセスは、それこそ動画をビジネスに利用するためのヒントが満載なのだ。
もともとは個人的に始めた商売だった。子どもが小さく、フルタイムで働いている証明がなければ保育園に預けることができない現状のなか、仙田さんは子育てをしながら働ける方法を模索していた。そこで、まずは自分の経験から不便と思ったことを解決するため、2,000円の生地を購入して抱っこひも収納カバーをつくり、自身の手で販売することを考えた。しかし当初は、「抱っこひも収納カバーなんて売れないのではないか」という声が大半だったが、「自分と同じ悩みを持っているママさんは少なくないはずだ」と地道に努力を重ね、販売数が上がりだしたのが約3年前のことだ。
受注が増えるのは嬉しいことだが、増えすぎると1人でこなせなくなってくる。そこでパートを募集したところ70名が応募してくれた。「午前か午後のどちらでも良い」「いつ休んでも良い」という小さな子を持つママのための条件を提示して30名を雇用した。現在は12名が受注発送で、自宅で縫製しているママも多いという。リアル店舗では阪急百貨店ほか8店舗で常設販売されているが、つくり手となるママがお客様に直接手渡している。製造から販売に至るまで、まさに「ママの手づくり」なのだ。
「動画を見ている人」に発信する
このようにして手づくりされた商品を、これまた仙田さん本人が制作したWebサイトで販売し、動画も自分で撮影/編集してYouTubeにアップロードしている。なぜ動画だったのか。それは、抱っこひも収納カバーがこれまでにない商品であり、商品特性がわからないのが理由だ。
子どもを抱く時に使う「抱っこひも」の不便さや不満を解消できる商品特性を、静止画ではうまく表現できない。そんな悩みを抱えていたある時、このカバーの使い方を実演してみせる機会があった。すると、その場で見ている人たちは「おおー!」と感嘆の声をあげたのだ。「これは動画しかない」と、四苦八苦しながら3分の動画を制作した。もちろん手づくりである。
小さな子どもを持つママさんがYouTubeに接する機会が多いのは知っていた。子どもがグズった時に、子ども番組を見せることで家事に専念したりできるからだ。そして子どもが寝静まった後、自分もYouTubeでネイル、ダイエットなどさまざまなハウツー動画を見る傾向が強いのだ。
そんな顧客ターゲットに抱っこひもカバーを告知するには、それらYouTubeの関連動画に抱っこひも収納カバーの動画を出すのがもっとも効果的なのは自明の理。しかも、今までに存在しない商品カテゴリだけに、1回では購入まで至らないため、繰り返し見てもらう必要がある。
そこで仙田さんが目をつけたのは、タイトルや説明文だった。ママさんが検索するであろうキーワードをタイトルに盛り込んだのだ。そのキーワードとは、そのまま自分が困っていることと同じであるから思いつきやすかった。例えば、「エルゴスマート収納★すぐわかるエルゴ(ERGO)が収納できるカバー 【抱っこひも収納カバー專門店 ルカコ】」といった動画のタイトルは、エルゴやコランという子育て中のママなら誰もが聞いたことのある大手メーカー名をあえてカッコで囲んで強調している。キーワードには「育児に役立つ」興味がありそうなキーワードを使用した。つまり、「抱っこひもカバーの動画が見たい人」ではなく、「(別の目的であれ)動画を見ている人に発信する」ということに仙田さんはフォーカスした。動画の内容は、「とにかくシンプルにわかりやすく」を徹底した。この商品には色・柄だけでも200種類以上のラインアップがあるので、最初はあれもこれも紹介したい衝動にかられたが、「この商品は何ができるのか」「何が便利なのか」「どうやって使うのか」に集中させた。
動画で生まれたエンゲージ
「動画はこれからの時代、絶対必要です」ときっぱり話す仙田さん。今後は、インパクトがあり、お客様の興味を喚起できるような動画をつくっていきたいとのこと。なぜならば、動画はダイレクトにルカコの認知につながるからだ。ルカコを認知してもえれば、抱っこひも収納カバーの特徴や、色や柄といったデザイン、種類といった商品そのものの興味へと導線が引かれていく。そのためにも、いかにすべてのコンテンツを一連のストーリーとして成立させられるか、いかにお客様であるママさんなどがシェアしたくなる動画やWebサイトをつくれるかが大事になってくるはず、と語ってくれた。
これまで愛情を込めて手づくりしてきた抱っこひも収納カバーは、なんとAmazonに新しくカテゴリが設けられるほど一般的に認知が広まってきた。そうなると当然、さまざまな企業が同様の商品を製造・販売し始める。さらにこの抱っこひもカバーのつくり方は、ルカコ創業時にレシピをPDFで公開していたため、爆発的に広まっているのだ。つまり、顧客であるママさんユーザーは、商売的にライバルになる可能性も持っているのである。
そんな状況にあっても、ルカコのブランディングは着々と進んできている。子どもが大きくなって商品が必要にならなくなったお客様から「他にルカコの商品はないのですか?」という質問が届くことも多い。それは、商品が好きなだけでなく、ルカコの考えや精神に共感したお客様が、つながり(エンゲージ)を求めているということを意味している。その関係性を築き上げた要因こそが、四苦八苦してつくりあげてきた動画なのである。
“素人ながら”と冠をつけながら語ってくれた仙田さんの取り組みは、動画のつくり方やインターネットならではのキーワードの考え方、入れ方に素人ばなれしたノウハウがある。それは、お客様になるであろうユーザーの定め方、先にもあげた「動画を見ている人に知ってもらう」という視点の持ち方にも現れており、ユーザーから購入者へ転換していくストーリーを着実に、しかしスピーディにつくり上げる展開にも現れている。