なぜ、川崎フロンターレの観客数が5倍に増えたのか? 事例詳細|つなweB
なぜ、川崎フロンターレの観客数が5倍に増えたのか?

「不毛」と呼ばれた土地で成長を続けるフロンターレ

神奈川県川崎市をホームタウンとするサッカー・Jリーグチーム、川崎フロンターレ。日本代表選手も所属する、強豪の一つに数えられるこのチームは、顧客(サポーター)との距離が近いことで、そしてその数を大きく伸ばしていることで注目されているチームだ。

ご存じの方も多いと思うが、Jリーグのチームは、リーグが掲げる地域密着の理念のもと、ホームタウンと呼ばれる「地元」をターゲットとしたマーケティングを行っている。フロンターレがホームタウンとする川崎市は人口150万人に迫ろうかという大都市。大きなマーケットを抱えた“有利な存在”に見えるかもしれないが、現実はそう簡単なものではなかった。川崎フロンターレでWebマーケティングを担当する吉冨真人さんは、その事情をこう説明する。

「川崎市は東京都に隣接していることもあって、昔から都内で働いたり、買い物をしたりと、生活の基盤を東京に置く人が多いんです。そんな人たちのことを表す『川崎都民』などという言葉があるくらいでして、郷土愛のような概念とは縁遠い土地柄だったのです」

実際に川崎は、これまでいくつものスポーツチームが本拠地とするも定着には至らず、他地域へと転出していった過去がある。そんな経緯から「プロスポーツ不毛の地」などといった、ありがたくない呼ばれ方をされていた時期もあったくらいだ。

その川崎をホームタウンとしたフロンターレが創設されたのは1996年のこと。当初はなかなか支持を得られず、苦労したという。

「チームがJ2リーグで戦っていた当時は、観客数が3,000人を切るようなこともありました。当時の自分たちに、いまの様子を話しても信じてもらえないでしょうね(笑)」

いまやホームゲーム平均観客数が2万人を超えるほどにまでに成長したフロンターレ。その背景には、「不毛の地」で丁寧に築いてきた、顧客との絆、エンゲージメントがあった。

川崎フロンターレは東京と横浜という2つの大都市に挟まれた神奈川県川崎市に本拠を置くサッカークラブ。1996年創設。ホームスタジアムは市の中央部にある等々力陸上競技場

 

フロンターレならではのサポートの形

サッカーの世界では、顧客を指す言葉として「サポーター」という言葉を使う。ホームゲームはもちろん、アウェイゲームにも足を運び、熱狂的にチームを応援する人を指すのが一般的だが、フロンターレはちょっと違った捉え方もしている。

「もちろん、チケットを買ってくださって、スタジアムに足を運んで応援をしてくださる方々をサポーターと呼ぶのは間違いありません。ただし、それとは違うさまざまなサポートの形もあるだろうと考えているんです。フロンターレを応援している方のなかには、例えば、仕事で忙しかったり、子育てで手が離せなかったりと、スタジアムに来られないという方もいらっしゃるでしょう。それでもフロンターレのことを気にかけ、喜怒哀楽をともにしてくださるのならば、そういう方々もサポーターだと考えているんです」

“喜怒哀楽をともにする”存在。だからフロンターレでは、サポーターという言葉をこんなふうに言い換えている。

「日本語に訳すなら『家族』とか『仲間』といった言葉がしっくりとくるのではないか、と。フロンターレを盛り上げよう、地元川崎をいい街にしていこう。そんな意識でつながる、親しい存在です」

チケットを買ってもらうのと同じくらいに…いや、もしかしたらそれ以上に大事なものをフロンターレは、早い時期から見つけだしている。だからこそ、お互いに支え合い、与え合うような、対等な関係を、ごく自然と構築してきたのだ。

川崎フロンターレには、日本代表の小林悠選手(右下)や2016年シーズンのリーグMVPを獲得した中村憲剛選手(左上)などの知名度の高い選手が所属。観客には家族連れも多く、アットホームな雰囲気が特色だ

 

自らが“いちばんの”サポーターになる

ではなぜ、そんなふうに考えられるようになったのだろうか。

「これはものすごく単純なことでして、我々スタッフも、川崎フロンターレというチームのサポーターなんです。それも『いちばんのサポーターでありたい』と思っているくらいの。好きだからこそ大切な人に勧めたいし、いいねと言ってもらえる人を増やしたい。ごく自然に、そんな感覚が育っていったんです」

「自分たちもサポーター」。その視点は、各種SNSやブログにも貫かれている。投稿量は膨大だが、担当は吉冨さん含めたった2名。そこにカメラマンを加えただけの“スモールチーム”は、シーズン中はもちろん、オフ期間もフル回転する。

フロンターレが展開するメディア
オフィシャルサイトのブログやFacebookには読み応えのある記事を、Instagramには選手のスタイリッシュな写真を、Twitterは手軽な情報をと、媒体の特性に合わせた使い分けをしている。他にLINEも活用している

「たとえばいまの時期(1月)は、シーズンオフにあたりますから、サポーターはサッカーの情報に飢えているんです。だから新シーズンに向けて新しく加入した選手の情報や、キャンプの様子をシーズン中以上に丁寧に出していきたい。こういう感覚はやはり、自分たちもサポーターだからこそ生まれてくるのだろうと思っています」

SNSなどのデジタルツールにはクリック数やエンゲージメント率など、その反応がダイレクトに数値で現れてくる。フロンターレではその数値をどう活用しているのだろうか。

「スポーツ界ではいま、データの活用が非常に盛んになってきています。確かに、データがいろいろな情報をもたらしてくれるのは間違いないのですが、だからといって人の感情のような、本質的な部分がすべて見えてくるわけではないと思うんです。だからこそ、“サポーターだから感じられるもの”を大切にしています。自分たちが感じている嬉しさを表現する投稿ができたか、残念な気持ちを共有する投稿ができたか、といった部分です」

その「数値に表れない部分」を測る指標として重視しているのが、聞き取り調査だ。

「いろいろなタイプのサポーターに協力をいただいて、意見を聞かせてもらう機会を設けています。

ニュースの出し方にどういう印象を持ったか、どうすればもっと良くなるのか。調査というよりは、一緒に考えてもらっている、と言ったほうが適当かもしれません」

デジタルマーケティングへの取り組みも、あくまでもサポーターの立場で。広報チームの徹底した顧客目線が「共感」をつくりだすのだ。

●フロンターレホームゲーム
1試合あたりの平均観客 数の推移(1999年以降)

Jリーグデータサイトより。青地の年はJ1リーグ、白地はJ2リーグに所属

 

チームの勝利に匹敵するもう一つの大事なもの

昨今、スポーツチームが大事にしていることの一つが、スタジアムで「思い出づくり」だ。それがSNSなどでの“拡散の種”になり、新規顧客獲得につながっていくからだ。

その種をいかにつくりだすか。フロンターレは、他にはないイベント、ファンサービスを展開することで よく知られている。ホームゲーム開催日のスタジアムは、さながら「地元のお祭り」のごとく屋台やブースが立ち並び、家族で、仲間同志で賑やかな時間を過ごすための場になっている。また、毎試合おこなわれる関連イベントもアイデア溢れるユニークなものばかりで、大きな話題を呼ぶことも珍しくない。

「我々スポーツチームは、なんといっても試合に勝つことが大事です。ただ、その一方で、こんなものを食べた、こんなグッズを買った、友達とこんな話をした、などスタジアムを訪れた思い出を提供することも、同じくらいに大事だと思っています。広報の視点から言うと、その様子を『楽しかったこと』として、SNSでどんどん発信してもらいたい。ただ、そのためには本当に楽しいイベントにしないといけない。選手も含め、チームとして本気で取り組んでいるのはそれが理由です」

いまスタジアムに訪れているサポーターが、友人を、恋人を、親を、子どもを連れてきて初めてサポーターが増えていく。

「だからこそ、サポーターである自分が楽しいと思える場所、心震えるような体験ができる場所をつくりつづけないといけないと思っています。スタジアムはもちろん、デジタル上でも」

思い出をつくりだすさまざまなイベント
フロンターレのホームゲームでは試合前など、子どもと選手とが手をつないで登場する「エスコートキッズ」というイベントがある(上は試合前の練習時)。そこに登場する子どもたちには、時間を割いて入場の練習をしてもらい、さらに選手と同じユニフォームを着て登場してもらうという。本気でやることで、初めて思い出になると考えるからだという
チームのスポンサー企業の商品である「バナナ」のカツラを被るのはフロンターレ選手のお約束。右の写真は記念撮影用のパネル。スポンサーに親しみを持ってもらうことや、撮影した写真をSNSに投稿してもらおうという狙いがある
試合前のスタジアム周辺では、毎回、多様なイベントが行われ、チームのスポンサーや、地元にゆかりのある企業、タレントなどが登場する。上の2枚は、毎年行われる「フロンターレ牧場」の様子から。こうした意外なイベントが数多く開催されるのがフロンターレの特徴
Photo:©KAWASAKI FRONTALE
教えてくれたのは… 吉冨真人
(株)川崎フロンターレ 事業推進部広報グループ
小泉森弥
※Web Designing 2017年4月号(2017年2月18日発売)掲載記事を転載

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