法律を学ぶ学生向けの教材に「判例百選」というシリーズがあります。さまざまな法律に関する判例を集めて解説したものです。先日、刊行が予定されていたこのシリーズの一つ、『著作権判例百選』の改訂版について旧版の著作権侵害を理由に出版の差止めを裁判所が命じるという、悪い冗談のような事件がありました。
裁判を起こしたのは旧版の著者ではなく、編者でした。その人は改訂版の編者から外されたため、改訂版は自分の著作権を侵害するとして訴えたわけです。このように本を執筆していない編者にも認められる著作権、それが編集著作物に対する著作権(編集著作権)です。
編集著作物とは、素材の選択、または配列に創作性のあるものを言います。たとえば、花の写真を365枚集め、季節や年中行事、花言葉などの情報と共に暦に対応するように並べたデジタル写真集が編集著作物だとした判例があります。どの写真を収録するかという「素材の選択」、そしてどういう順序で並べるかという「素材の配列」について創作性があるからです。結果、この写真の選択・配列を決めた写真家に編集著作権が認められました。
注意しなければならないのは、この編集著作権は個々の素材、つまり1枚1枚の写真に対する著作権とは別の独立したものだということです。ですから、このデジタル写真集を利用する際には、写真の著作権者とは別に、写真の選択・配列を決めた人の許可も得る必要があるわけです。
今回の『著作権判例百選』については、旧版が掲載判例の選択・配列に創作性のある編集著作物であり、その選択・配列を決めた編者に編集著作権が認められたのです。そして、刊行予定だった新版の判例の選択・配列が旧版と大きく異ならないことから、旧版の編集著作権を侵害すると判断されたわけです。
なお、この例では選択・配列の両方について創作性が認められましたが、編集著作権は“選択”と“配列”のどちらかに創作性があれば認められます。たとえば百人一首の和歌のすべてを独自の視点で分類したリストや、会社の全製品を独自の視点から分類・レイアウトしたカタログなどは、素材の選択には創作性はありませんが、配列には創作性が認められる可能性があります。逆に国語辞典などは、どの言葉を掲載するかという素材の選択には創作性がありますが、掲載する言葉の配列には創作性はありません。しかし、どちらにも編集著作権が認められます。
ここまで個々の素材が著作物である場合を紹介しましたが、編集著作権はそうでない場合にも認められます。たとえば、電話番号は著作物ではありませんが、電話番号を職業別に分類したタウンページは、素材の配列によって創作性を有するとして編集著作権を認めた判例もあります。
著作権というと、ついつい個々の作品に目を奪われがちですが、複数の素材が集まってまとまりとなっている場合や素材をレイアウトしたWebのデザインなどについては、編集著作権にも注意をする必要があります。