人の動きを左右する「情報コスト」と「行動ブレーキ」 事例詳細|つなweB

この先、ますます上昇する「情報コスト」

前回、デジタルとリアルの行動をコネクトするものという観点で、「ウェアラブルデバイス」について触れた。たとえば、腕時計型のデバイスは装着中の心拍数、睡眠状態など膨大なバイタルデータ(=人体から取得できるデータ)を計測・記録する。装着率が上がれば、過去に存在していなかった種類のデータが大量に生成、発信されることになる。データの形式が文字から写真、そして動画へとシフトすることで社会に流通する情報(データ)量は飛躍的に増えているが、そこにこうしたバイタルデータなどが加わることで、さらに情報ビッグバンが加速されることになる(01)。

01 デジタルデータ量のビッグバン
平成26年版情報通信白書には、米国の調査会社IDCによる調査を掲載。そこには、国際的なデジタルデータの量が2020年に約40ゼタバイト(400億テラバイト)に達すると予測されている。1ZB=1,000EB(エクサバイト)=10億TB
出典:総務省「ICTコトづくり検討会議」報告書より 「デジタルデータ量の増加予測」
http://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/h26/

 

問題は「生身の人間が処理できる情報量には限界がある」ということだ(02、03)。人間の脳はおよそ5万年前までに完成し、その後ほとんど進化していないといわれる。つまり、私たちの脳は旧石器時代の情報量に最適化されているのだ。このギャップの拡大がもたらす問題は何だろうか。それは流通する膨大な情報の中で、自分に必要な情報を探索するためのコスト=「情報コスト」(時間や労力も含まれる)がどんどん上昇している、ということだ。

一方で、何でもネットで(しかもだいたい無料で)済むから情報コストは下がっている、という考え方もある。情報機器や通信にかかるコストが低下しているので、情報供給量が増えれば増えるほど単位情報あたりのコストは下がるという理屈なのだが、そこには情報供給量が増えた分、検索時間と検索量が増え、当然、それにかかるエネルギーも増加しているという生活者側のコスト(時間や労力も含まれる)は勘案されていない。

02 流通情報量の変遷
国内社会に流通する情報量(Web上の情報のほか、テレビなどの放送や印刷/出版物、電話/通信など計量可能なすべての情報)は年々増大の一途だ
出典:総務省「ビッグデータの流通量の推計及びビッグデータの活用実態に関する調査研究」(2015年)
http://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/h27/
出典:総務省 情報通信政策研究所「我が国の情報通信市場の実態と情報流通量の計量に関する調査研究結果(平成21年度)」(2011年8月発表)
http://www.soumu.go.jp/main_content/000124276.pdf

 

03 消費情報量の変遷
流通する情報量が右肩上がりなのに対して、受け手側が消費する消費量は1割弱しか増えていない(残り9割はスルー、となる)。上は2001年度を100とした場合のグラフ
出典:総務省 情報通信政策研究所「我が国の情報通信市場の実態と情報流通量の計量に関する調査研究結果(平成21年度)」(2011年8月発表)
http://www.soumu.go.jp/main_content/000124276.pdf

 

デジタルにもリアルにも「行動ブレーキ」がかかる理由

クリックは一つの行動だから、そこにも多少のコスト(エネルギー消費)が発生する。「情報コストが上がる」ということは、一回のクリック行動で得られるリターン(情報の質と量)が変わらないなら、その価値が目減りしていることを意味する。そうなると、人はやみくもにクリックすることをためらうようになるだろう。つまり、人は「情報を適当にスルーする」方向へとシフトしていくということだ。

「情報コストが上がると、行動が停滞する」のは、ネット内だけのことではない。より多くのエネルギーを消費するリアルの行動にもあてはまる。一口にコストといっても、じつはいろいろなコストが存在するのだ(04)。そして人は、リターンよりもコストに過剰に反応する傾向がある。リターンがよほど大きくない限り、人は損失リスクを恐れて、容易に行動に踏み出さない。私たちはこれを「行動ブレーキ」と呼んでいる。

04 生活者のコストは金銭的なコストだけではない
行動デザイン研究所では、コストには5種類があると考えている。特に近年は、頭脳的コストと精神的コストが強く意識されている。たとえば、主体的な情報行動=大きなコストの回避策に、「まとめサイト」「キュレーションサイト」など受動的な情報行動が拡大しているともいえる

 

ある自動車会社が「若者にもっとドライブを楽しんでほしい」という趣旨のキャンペーンを展開していたことがあるが、その背後には若者の運転に関するリスク感の拡大があった。「事故が怖い」と言って車に乗らない若者が増えているからだ。別にドライブしなくても十分に楽しい人生(リターン)が手に入ると思っているから、無理してリスクをとる必要を感じていないとも考えられる。ネット内に低コストの楽しみが増えたことで、リアル行動が以前よりハイコストに感じられる背景もあるだろう。

つまり、デジタルであれリアルであれ、人を動かしたいなら、その人が持っているコスト意識(リスクのことも)を理解する必要があるのだ。

 

Text:國田圭作
博報堂行動デザイン研究所所長。入社以来、一貫してプロモーションの実務と研究に従事。大手嗜好品メーカー、自動車メーカーをはじめ、食品、飲料、化粧品、家電などの統合マーケティング、商品開発、流通開発などのプロジェクトを多数手がける。2013年4月より現職。 http://activation-design.jp/
國田圭作
※Web Designing 2015年10月号(2015年9月18日発売発売)掲載記事を転載

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