いかに長期記憶に残るようにするか?
記憶には、すぐ消える短期記憶と、消えにくい長期記憶の二種類があるとされる。ブランディングは、ブランドに関する情報を長期記憶として形成する活動だが、日々、膨大な情報が流れ込む今の社会で新たなブランディングは難しい。1980年代に活躍した伝説のロックバンドを描いた映画など、最近のヒット事例で「温故知新」型のリバイバルが目立つのはそういう理由からだろう。
人は長期記憶をネットワーク型に構造化して保持する。それで連想が生まれ、必要な時に記憶が取り出しやすくなる。「日本昔話」のようなナラティブ(物語的)な話は、思い出しやすくなるネットワーク構造の典型だ。文字のない時代、記憶はすべて人間の脳に保管され、物語を通じて他人と共有されていた。
今日、記憶は電子化され外付けになり、SNSで共有されるようになった。この技術進化が情報量の爆発的な増大を生み、こうした変化の中で人間の購買行動のプロセスも複雑化(01)。これらを示すモデルでメモリー(M)というステップがあるのは、AIDMAとAMTULだけだが、M(長期記憶)こそ重要なのだ。AIDMAでいえば、情報に触れて欲求が生まれる「AID」プロセスが、そのままA(行動)を喚起せず、一度その欲求は本人の長期記憶にプールされ、何かのきっかけ(ここが行動デザインの出番だ)で想起され行動化する。これがAIDMAモデルの正しい理解だ(02)。
今の情報過剰な社会では、長期記憶に残り、そこから呼び出すことはハードルが高い。今どきの記憶は、検索エンジンを活用して他人の記憶を活用する「外付け」型と言えて、内容以上に検索キーワードの刷り込みが重要なのだ。
「フリクションレス」がキーワードに
情報過剰な環境は受け手にとってもストレスフルだ。情報探索から購買、購買後の保管や廃棄といった一連の消費行動プロセスを、「フリクションレス※」にして頭脳的コストを下げることが、今日的なマーケティングの命題だ。
受け手が処理できる情報量は、受け手の知識量や経験とも関連する。知識が増えるとより多くの情報を調べ、より効果的な意思決定を行えるし、さらに知識や経験のある人は、限られた情報で良い意思決定がしやすくなる(03)。
人の学習プロセスは、4段階あるとされる(04)。理想はSTEP4(いちいち考えなくても難しいことができる状態)、「達人」の領域だ。消費行動に置き換えれば、商品ブランドの特徴や機能への学習から理解が深まり、無意識的にその商品をフルに使いこなせる段階へ。こうなるとそのブランドを手放せない。
あるスマートフォンブランドだと、直感的な操作性にこだわっていることがファンが多い理由の一つだが、先の学習の4段階モデルに当てはめると、スマホ初心者でさえ、STEP2と3をショートカットして「何も考えなくても自然にうまくできる状態」(STEP4)に行ける、という価値を提供するとも考えられる。達人にしか体験できないはずの「フロー体験」の快感を、初めてスマホを手にした人でも一瞬、味わうことができるのだ。これも「フリクションレス」化の一例だ。
この事例のように直感的な操作性など身体的感覚が人の思考や嗜好に大きな影響を与えている。これも、行動でマーケティングを考える「行動デザイン」の重要な視点となるのだ。
(本連載は今回で終了となります。今までのご愛読に感謝を申し上げます)
※ 「摩擦がない状態」を指す