ファシリテーションは、チームコミュニケーションの円滑化に必須のスキルです。それは会議運営に限った話ではなく、チャットでのテキストコミュニケーションにも役立ちます。『チームコミュニケーションの教科書』(マイナビ出版刊)著者の池田朋弘さんに話をうかがいました。
チャットを「使いこなせない」人は案外多い
「ファシリテーション」に「チャット」という組み合わせを聞くと、結びつかないと感じる人がいるかもしれません。一方で、ビジネスで同じプロジェクトに参画するメンバーとは常に何らかの形でコミュニケーションをとっているはずです。物事を進めるのに、会議が必要な場面もあれば、状況によってはチャットで十分という場面もあります。上手にツールを使い分けられれば、メンバーの負荷を最小化しながらリモートワークでの業務効率が高まります。
会議とチャットのどちらを実行するといいのか? ここでは、チャットを選ぶ場合、ファシリテーションのスキルを活用して、非同期コミュニケーションの質を最大化できる方法について考えます。
昨今の社会状況を踏まえると、初めての相手とリモートでミーティングという設定はますます増えそうです。だからこそ、リモート環境で円滑に業務を進めるスキルを身につけ、ノウハウを蓄積し、実践することが求められます。中でも、チャットツールを適切に活用すれば、会議を開かずとも社内のチームメンバーや社外のクライアント、プロジェクトメンバーとのコミュニケーションを活性化できます。メンバー同士の時間調整も不要な分、業務効率が高まるでしょう。
大前提として、ビジネスチャットを使いこなせる人は少ない、と考えておくべきです。確かに、チャットはメールと比べてラフでかしこまらず返信できるメリットがあります。一方で、オンライン会議と比べてテキストのやり取りになる分、言葉のニュアンスが伝えづらく、踏み込んだ議論には不向きです。書くことが苦手な人だと「口頭ならすぐ伝えられるのに」と、返答を億劫がったり、遅くなることもあるかもしれません。また、チャットは既読漏れの可能性もあります。私はさまざまな案件で複数のチャットグループに入っていますが、未読メンバーが一定数いても「チャットだから」と許される雰囲気も漂っています。
使いこなせていない現状を改めて、適切に使いこなすための具体的な手順や方法をしっかり身につけましょう。
オンライン会議とチャットの特徴を比較する
ここからは「チーム内に出てくる事案を議論しながら進めていく」という観点から、オンライン会議と比較しながらチャットの特徴を整理します。
オンライン会議は、設定した場の中で直接、参加メンバーに内容を伝えられます。相手の顔を見て、言葉を交わしながらインタラクティブに対応できます。チャットだと、相手の投げかけにパソコンやスマホの前で待ち構える必要はない分、意見交換のやり取りは遅くなりがちです。また、オンライン会議は口調や表情も含めて相手に内容を伝えることができるので、説明上のニュアンスや細かな機微が伝わりやすいです。開催する際は時間を設定するので、「30分」「1時間」と設定した時間内で物事を決めたい場合に便利な手段です。
オンライン会議と大きく異なるチャットの特徴が、参加メンバーと非同期で(=互いのタイミングが合わなくても)やり取りできることです。会議につきまとう時間調整のロスが、チャットだと生じません。また、伝える内容がテキストだと、確かにニュアンスや細かな差異を伝えづらい半面、チャットは伝えたい内容の構造が明確にできるメリットがあります。話し言葉だと「いいことを言った!」と思っていても、実は支離滅裂だったり雰囲気で伝えた気にだけなっていた内容もあります。テキストで伝えるとなると、そうした点が回避しやすいです。
同時に、チャット上のやり取りがそのまま履歴となるので、すでに立ち上がっている議題に対して途中から新規メンバーを招きやすいです。新規メンバーが履歴で過去のやり取りを追えるので、途中からでも入りやすいからです。
状況によっての良し悪しは出ますが、時間を気にせず、伝えたいことを焦らず伝えられるのもチャットです。オンライン会議だと、1人あたりの発言時間に制約が出ますし、うまく話せずにいるメンバーがいても時間が来れば終わるしかありません(01)。
不向きな場面を避け、チャット向きの場面で活用する
チャットの特徴を整理できたら、具体的にチャットだと限界がある状況と、ふさわしい状況を洗い出しましょう。
先にチャットだと厳しく、オンライン会議や電話などを使うべき状況とは、内容についてのキャッチボールが多い議題を扱う場合です。チャットだと文字列の応酬となって、問題が深刻化する恐れもあります。チャット上で質問や確認事項が多くなるほど、時間はかかるけれど物事が前進しません。口頭なら難なく伝わる細かなニュアンスまでは、チャットとなると限界があります。私の場合、2回以上の確認の往復がチャットで続くなら「遠慮なく電話して」とチームメンバーに伝えています。無理にチャットを続けないことも大事なのです。
また、チャットは見逃しが起き得るので、多人数に確実に伝達したい場合も控えましょう。例えば全社会議や定例の朝会など、共有したい人数が多いほど時間を同期した場を設定します。人数が増えるほど、チャットだと各人への伝達チェックもしづらいからです。
新規の人間関係の構築にも不向きです。チャットだけで信頼関係の醸成まではなかなか厳しいでしょう。
チャットツールが適する状況はここまでの裏返しが目安です。参加者が持ちよる情報源がある程度揃っていて、キャッチボールが少なく済む議論に対してチャットは相性がいいです。また、議論を振り返りやすいのもチャットです。オンライン会議は録画可能ですが、映像だと見返しに時間がかかります。
チーム内の役割分担が明確な相手や、少人数への伝達にもチャットは適しています。例えば、マネージャーとの日報のやり取りやチームメンバーへの通常業務の指示や伝達など、好きなタイミングで状況を確認し、必要に応じて個別でフォローできればOKです(02)。
チャットを実行して、うまく進まない場合に強行しないこと。別手段に切り替える柔軟性を持っておきましょう。
相手に伝わるように論理構造を明確に書く
ここからは、参加メンバーにきちんと伝わるチャットでの伝え方を考えましょう。ファシリテーターに限らずチャットを使うメンバーがもっとも大事にしたいのは、文章のリテラシーを高めることです。チャットで議論を円滑に進めたいなら、チャットにふさわしい状況のもと、相手にテキストできちんと伝えることが鍵です。信頼関係のあるメンバー同士で、議論の前提条件を共有する相手に対して、曖昧さを残さず、いつまでに何を求める内容かを書きます。しっかり書ければ伝わるだけでなく、きっちり履歴で残るので周囲もリマインドしやすくなるなど、サポートがしやすくなります。
チャットでわかりやすく、伝わる文章をつくるには、論理構造を明確にして書くことです。構造例が03です。私がよく使うパターンが、論点→前提・背景→主張(選択肢)→理由という流れで、端的に、記号(■、●、→)も使って視覚的に構造が明確になるようにします。
もしくは、ちょっとした確認やお願いごとなら、上記の定型を使わずとも、伝えたい相手が明白ならメンションを使って(@名前 or To 名前)趣旨を明示します。例えば、Excelで売上表をつくってほしい場合、社内向けの資料かクライアントへの提案用かでも、つくり方や内容が変わるからです。
あとはテーマによってオンライン会議の併用を意識します。単発でチャットかオンライン会議かと考えず、時間軸の中で議題によって使い分けます。私がよくやるのは、先にオンライン会議を開いてメンバーの役割を決めておき、議事録データをチャット上で示しながら、役割に応じてタスクを振っていきます。あわせて、会議中に「チャットではどういったやり取りを行うか」のおおよそを決めておきます。例えば、進行上の確認作業はチャットで、1往復では終わりそうにない意見交換の際はオンライン会議で、という使い分けが誰でも気軽にできる仕組みにしておくと、チームメンバーも迷わず行動できます。
相手のアクションに必ず反応する
ファシリテーターとして意識したいのは、チャット上のルールをしっかりと決めて、実行してもらうことです。チャットに参加したメンバーにはルールを徹底しましょう。特に意識したい点を2つ挙げると、1つが必ず誰かのコメントに対して「リアクションをする」です。リアクションをしない限り、発信者のコメントに対して、誰がどう思ったのかがわかりません。チャットでは必ず意見や態度を明示します。賛成or反対なのか、賛否では答えづらい感想を持ったのか、必ずリアクションをしましょう。コメントでなく「いいね!」ボタンや絵文字を押すだけでいいのです。大事なのはリアクションの可視化です。特に回答を求めたい相手にはメンションもつけましょう。
あとはネガティブワードは使わないようにします。文字で伝えるので、発信側の意図よりも相手に重く冷たく受け取られる可能性が高いからです。履歴として残るので、相手にはいつまでもダメージが残りやすい危険性もあります。口頭と違って前置きが伝えづらいので、内容によってチャットは控えましょう。
ちなみに、これからチャットを導入するチームであれば私はSlackをおすすめしています。例えば、Slackは絵文字を自分で追加できます。リアクションのために既存の絵文字や記号を使わず、チーム用の絵文字をつくって利用するのもいいでしょう。また、特定のトピックについて深めたい場合、Slackならスレッド機能が有効です。該当トピックに対してコメントを残すような機能で、議論を枝分かれさせることができます。
Slackは通知機能もあり、特定のコメントに対して「後でリマインドする」を選ぶと、自分の好きな時間に該当コメントを通知でき、自分に関わるタスクがチャットに埋もれずに管理可能です(04)。
Slack以外も含めて、導入しているチャットツールの機能を十分に理解し、機能の力も活かして自らのアクションが相手に伝わる工夫を心がけましょう。
チャットが苦手なメンバーには活用支援を行う
チャットのグループには社外メンバーも加わることがあるでしょう。大事なことは、社内外という違いより参画メンバー同士が事前に信頼関係を築き、チーム内の決まりごと(前提条件)を共有できているかどうかです。
だからこそ、チーム内にチャットへの抵抗感を持つ人や、チャットツールを使いこなせない人へのフォローも必須です。チャットのグループをつくる際は、メンバー全員が当たり前のようにチャットができると思わないこと。チャットの確認漏れの話にも通じますが、使いこなせないメンバーに対して、使えるようになるための活用支援をすることも大切です。チーム内の一部のメンバーができないばかりに、チャットの運用自体が宙に浮いてしまうことは避けましょう。
チャットグループを立ち上げる前に、オンライン会議で参加メンバーがチャットツールに抵抗がない状態かを確認します。その上で、運用当初に試しにやってみて、アクションが鈍いメンバーを把握したり、個別でメッセージを返す相手には他のメンバーたちも見えるチャット上で返答するように促します。
使えていない相手には、その場では個別でメッセージを送ったり、その相手がやりやすい代替手段(メールなど)でフォローをし、追って1対1で手順や方法などを一緒に考えていけるとベターです。テキストでマニュアルを用意するのは1案ですが、読んでもらえない可能性が高いので、可能なら横でやり方を教えられると相手はコツをつかみやすいです。出社の機会があるなら日程を揃えてフォローの対応に取り組みましょう。リモート環境が続く場合は、Web会議やチャット上での1対1の対応で慣れてもらうようにします(05)。
チャットは自分の感覚やノリを先行して活用しがちです。苦手なメンバーが意外と多いことにも配慮して、チームのメンバー全員が使いこなせてこそ、チャットの運用効果が高まることを意識して取り入れましょう。