直接対面するスタイルは事業開始当初から
それからデザインはどんな会社なのだろうか。訊ねると、同社代表取締役 佐野彰彦さんは「デザインでブランドをつくる」会社だと答えた。
同社の出発は2004年。佐野さんが個人でWebデザイナーを始め、知り合いづてに小さな企業から仕事を請けるようになった。経営者と直接話し合いを重ねながら制作していくスタイルは、この頃から一貫しているという。
「その企業や商品の価値・魅力をちゃんと世の中に伝えることが私の仕事だと思っています。当初は代理店経由の仕事も請けたのですが、間接的なコミュニケーションがストレスでうまくいかないこともありました。経営者や決裁権のある人と直接会って仕事をすることは、最初から大切にしていました」(佐野さん、以下同)
企業のつながりや紹介で仕事は徐々に拡大し、2007年に法人化。しかしこの頃、予算的に折り合わず請られない案件も増えてきた。
「個人のカフェやピアノ教室などのスモールビジネスオーナーからの依頼には、私たちのやり方では応えられませんでした。しかし必要とされているのに何もできないことがもどかしくて、何か別のやり方はできないかと考え、自社のWebサービス『とりあえずHP』を立ち上げました」
ブラウザから簡単にホームページを制作できるサービスを自社開発し、2009年に提供を開始。大きな宣伝はしなかったがクチコミやSEOでじわじわとユーザーを増やし、現在は同社収益の約半分を占めるまでに成長している。サービスを立ち上げ運営する事業主としての経験は、ブランディングの仕事で経営者を理解する視点にもプラスになった。
ブランディングの「縦」と「横」2つの軸の一貫性
佐野さんは「コンサルティングもWebデザイナーの仕事だと捉えている」という。まず徹底した対話や取材からその企業の価値を知り、経営者の実現したい世界を理解する。それを達成するためには何が必要なのか、コンセプトを固め、Webサイトの形になるまで半年から1年の時間をかける。
ページ単価では測れないこの仕事をどう言えば理解してもらえるのか。ずっと悩んできた佐野さんだったが、2013年頃、もっとも近い概念と思える「ブランディング」という言葉を使い始めた。
「ブランディングというと一般的に見た目を良くする活動に終始してしまいがちですが、それだけで企業や商品がブランド化されることはありません。会社のビジョンをつくる、それを実現するための商品・サービスをつくる、それを伝えるための手段をつくる、という3つのレイヤーに一貫性がなくては、社内にも顧客にもメッセージが伝わらないんです(図01)。その部分から一緒につくっていきましょうと提案すると、クライアントの理解が得やすくなりました」
従来、Webサイトは経営や企画段階で決定された情報をただ当てはめ、人に伝える媒体の一つという位置付けだった。しかしコミュニケーションの形が変容した今、Webデザイナーが経営・企画から関わる方がビジネスとして良い形をつくれるのではないか、と佐野さんはいう。
時間はかかる、しかし目に見えない価値が生まれる
2014年頃、佐野さんが執筆した本を機に新しい問い合わせが増える中、依頼の方向性が変わりつつあることを感じていたという。
「それまでデザイン会社との付き合いがなかったような企業・団体からの問い合わせが増えました。話を聞くと課題は必ずしも売上だけでなく、“採用”や“社内の活性化”、“取引先から対等に見られる品格”のようなもの、といった目に見えない部分がとても多いと感じました」
そのひとつが精密部品メーカー「ミズキ」だ。当初の依頼は既存のWebサイトを多言語化したいというものだった。事業の海外展開が目的だったが、既存のWebサイトにそのビジョンは含まれておらず、ただ翻訳しても目的に適ったものにはならない。そこで佐野さんは、まず誰に向けて何を伝えるのか、フォーカスすることの必要性を徹底的に社長と議論した。
「漠然と情報を出しても誰にも届きません。しかし、誰か一人に深く刺さるコンテンツは結果的に他の人にとっても価値あるものになるんです」
当時、ミズキは国内事業が伸び悩んでいたが、現場の取材を重ねると生産工場の3要素「QCD(クオリティ・コスト・デリバリー)」に独自の強みがあることがわかった。こうしたことを丁寧に洗い出し、佐野さんは「日本発、世界に通用する部品メーカー」というキャッチコピーを提案、それを軸にミズキのコンセプトをまとめた。
「その企業の良さを客観的に世の中に伝えるためには、外からの提案が必要です。強みをただ主張するのではなく、コンテンツの読後感で何を受け取ってもらうかが大切です」
こうしてWebサイトがリニューアルされ、しばらくするとWeb経由で海外を含む新規取引が始まるなど成果が現れ始めた。現場に着目したコンテンツは社員のモチベーションを向上させ、躍進する中小企業として行政から表彰もされた。採用では応募者が急増し、社長が「ブランディングなしに良い採用は不可能」と言うほどに効果があったという。
「ここに至るまで3年かかりました。でも、Webサイトには数字にならない価値というものがあると思います。経営者にとってはそれがとても大きいのだと改めて思いました」
時間をかけて企業と向き合い、伴走し続けるのが佐野さん流。クライアントと話し合う時間を取るためにメールや電話で何度も直接連絡するし、飲みにも行く。腹を割り地道に対話することからしか生まれない信頼もあるのだ。
共感できる仲間と新しい潮流をつくりたい
Webサイトはビジネス成果を挙げるためのツールである。つくっただけではダメだと経営者側も理解している。しかし、そこでPVやCVRなどのマーケティング的成果に評価が偏りすぎることを佐野さんは危惧している。
「集客や売上げも大事ですがそれは役割の半分に過ぎません。ECサイトであってもWebは読むもの・見るもの。ブランドを伝えるメディアとしてどう運営するのか、そこに向き合えている企業が成功しているのだと思います」
いま佐野さんは、お互いに共感できる同業者を増やしたいと考えている。Webがわかってクリエイティブを大事にできる、かつ、経営について自ら学び、経営者と対面して提案できる、そんなデザイナーやWeb制作者が増えていけば、業界の新しい潮流になるはずだ。Web制作に関わる人は小さくていいので自分でビジネスをやってみるというのも手だ。肌感覚で経営を知ることが大事だと佐野さんは語る。
「経営者と直接やり取りしながら企業の価値をつくっていく方が断然面白いと思うんです。そこにもっと積極的になってほしいと思います」