【座談会】3人の制作会社代表が語る「Web業界の変化と活路」 事例詳細|つなweB

会社の強みを見極める

─ みなさん、起業時はどのような会社にしようと考えられていたのですか。

ミナベトモミ●2010年の設立当初は、複数のことを同時多発的に行ってきました。まず、「Awwwards*01」などの賞を獲りにいきました。受賞はしたものの、野間さんが以前やられていたLETTERS*02さんやSHIFTBRAIN*03さんなどライバルがたくさんいて。もう一つの柱だったマーケティングにもbaigieさんやFICC*04さんなどのライバルがいて。自分たちの強みを際立たせていくために、初期はライバルが少ない製品・サービス開発や、ブランディングに力を入れてましたね。

*01 Webデザインのアワード
*02 野間さんが2011年に起業したWeb制作会社。2016年解散
*03 東京のWeb制作会社。デザイン性の高さにも定評がある
*04 東京のWeb制作会社。マーケティングを強みとしている

枌谷力●僕は2010年に法人化したときから、今みたいなマーケティングを強みとするスタイルを目指してきました。自分が得意で、なおかつ他の人がやっていない領域をと考えたときに、「マーケティング×Web制作」が戦いやすいだろうということで。もちろん、マーケティングが好きだというのもありますし。でも、もともとはクリエイティブで見た人を楽しませたり驚かせたりしたいという欲求から始めた仕事なので、その方向でやられているGarden EightさんやSHIFTBRAINさんがすごく好きなんです。

野間寛貴●前の会社のLETTERSを立ち上げた2011年は、国内の賞は大手の代理店や老舗の制作会社で飽和している印象だったので、クリエイティブが公正に評価されそうで、しかも少人数のチームにも優しいところはないかなと思って、「Awwwards」や「CSS Design Awards*05 」などの海外の賞を狙ってみました。メンバーの頑張りのおかげで、この7年で多くの賞をいただけたのは、とても嬉しかったです。

*05 CSSサイトのデザインアワードを開催

─ 現在の会社の強みは、当時と変わってきましたか。

枌谷●いまは特にBtoB企業のマーケティングを強みとしてやっていますが、僕はずっと同じことをやっているという意識があります。みんながステージから逃げていくところに、一番最後まで残っていよう作戦です(笑)。

野間●大きくは変わっていません。ただ、年齢や経験を重ねたこともあってか、ブランディングや商品の企画・開発みたいなこともお願いできないかという相談は増えました。人数の兼ね合いもあり、あまりやっていないですが。Web制作については、表現力や技術力は上がってきていると思います。ただ、それを誇示するのではなく、あくまで用途のために活用するという姿勢は崩れてはないと思っていますが、どうでしょう?(笑)

ミナベ●当初は製品・サービス開発に力を入れましたが、今はグッドパッチ*06さんやタクラム*07さんのような会社も現れ、より組織開発に事業ドメインをズラしました。PL(損益計算書)・BL (貸借対照表)の事業計画からOKR指標(目標と主要な結果)、組織開発周りは勿論。UX観点の業務開発体制づくりも行っています。今はビズリーチ*08さんのデザイン経営推進を、組織アドバイザリーとしてハンズオンでお手伝いさせていただいてますね。

*06 UI / UXデザインを強みとしたデザイン会社
*07 デザインエンジニアなど各スキルに精通したメンバーが集うデザインファーム
*08 管理職や専門職などハイクラスに特化した転職サービスなどを展開する

─ まだWeb業界のスキルを活かせるポジションは空いているのでしょうか。

枌谷●Webの技術を使ってやれることっていっぱいあると思うんですよ。たとえばAR、VRとかはまだまだできる人が不足していますよね。同業者で潰れた会社ってあまり聞きませんし。Webの世界はリスクはあるけれど、まだまだ成長産業であるという気がしています。

ミナベ●空いているニッチポジションに行くのではなく、他社成功事例を踏襲しすぎるあまりに、席が埋まっている場所に集まりがちではあると思います。

野間●多分、これからは、何を強みにするかを選びきれた人が残っていくのかなという気はしますね。僕は人材業界の出身なので、最初はWeb業界がどういう状態なのかわからず、いろいろなチームにアポを取って会いに行きました。みなさんの強いところを聞きつつ「自分たちが得意としている、狙ってるところで大丈夫そう」みたいな感じで、ポジションを整えて。そのときの生存戦略でまだ続いているという感じです。みんな、もっと調べてみたら良いと思うんですよ。

競合が少ないニッチポジションを狙うことで 自社の強みを 際立たせるようにしてきました。

 

Web制作業務とクライアントの変化

─ Web制作の位置付けや業務に占める割合はどのようになっていますか?

枌谷●我々の場合は、Web制作会社という切り口を利用して、マーケティングに入っていくという感じです。「Webをつくってください」という依頼がきたときに、「このKPIで何になるんですか?本来BtoBのビジネスならこう考えないといけないはずですよ」というような話をします。そうすると、他の制作会社ではあまりBtoBのマーケティングの話はできないので、「マーケティングも含めてお願いします」という話になっていく、というのが王道スタイルです。そのうち、マーケティングだけお願いしますと言われるようになり、だんだん比重が上がりました。全体の3分の1くらいは、マーケティングの企画やプランニングの仕事になっています。他には、年にもよりますが4分の1~5分の1くらいは業務システムのUIで、そこは広げようとしています。

ミナベ●うちも似ていて、たとえば「売上をあげたいからWebサイトをリニューアルしてほしい」といった依頼から始まったとして。そこには必ず、売上が伸び悩む原因があるはずで、それを経営者や幹部と一緒にPLを見ながらディスカッションします。事業KPIや営業ファネルを見直したり。リード獲得後の組織体制についてもお話しします。その上でWebや組織設計しますよ、と伝えます。そうすると、成約に繋がりますね

─ クライアントとスムーズなやり取りをするコツはありますか。

枌谷●いまだに「デザイン」という言葉を見た目のことだと思って使っている人は多いですね。よくあるのが、担当者は意識が高くてデザインとはどういうものか理解しているんですけど、上司に話を持って行ったら、「うちは別にカッコイイものをつくりたいわけじゃないんだけど。使いやすいものがつくりたいんです」っていう話を急にされて、「いや、それもデザインなんですけど…」となるパターンです。業界にもよると思いますが、特に僕が接しているBtoBの企業では意外と多いんです。なのでデザインという言葉を使わずに、「経営的にこうしたいですよね」「こうした方が御社が得をしますよ」という話し方をするようにしています。

野間●僕もデザインという言葉はあまり使わないようにしていますね。できる限り平易な言葉で喋るようにしています。

ミナベ●相手と対等のビジネス言語で話さないと伝わらないですよね。でも今は昔と違い、ビジネスシーン自体の論理水準が上がっているので、適切な議論をすれば認めてもらえる土壌があるように感じています。「クライアントの理解がないからできない」という他責にはしたくないですね。

─ 起業当時と現在とで、クライアントや世の中の変化はありますか?

野間●昔はロゴも写真もテキストも他で用意されたものを渡されて、最後にWebサイトを制作してくださいというオーダーが多かったですが、最近はクライアントもデジタル起点で考えていることが多くなってきたと思います。たとえば、スマホのサイトで使える写真の撮り方がわからないから撮影に同席してくれみたいな依頼があったり、提供されたロゴがスマホで表示されることを想定しておらず、作り直しをしてもらうことが結構あって。そういう経験がある場合は特に、デジタルが強いところに最初から頼む傾向があるかと思います。うちも、ロゴやビジュアルなど、昔は上流といわれた制作物の依頼が増えました。

枌谷●スマホが浸透してきたことで、デザイン性やUIよりもコンテンツが重要視されるようになってきましたね。あまり“カッコイイデザイン”というものに、お金をかけなくなったというか。コンテンツをつくる場合、クライアントがどういう方針でビジネスをやっているのかを聞く必要が出てきて、そういう経緯でもマーケティングに近づかざるを得ないというのはありますね。ただ、クライアント自体の変化については、うちが取引先を変えていっているので、顧客層の変化によるものなのか、世の中の企業全般の変化かよくわからないんですけど。予算規模が上がっているなというのと、以前は窓口が広報部や情報システム部だったのが、いまはマーケティング部や経営層が多くなっていると感じます。わりと大きい企業でも、経営直下の副社長とかCCOレベルの方が会議に参加されるので、経営に近い層とやり取りすることが増えました。

「デザイン」は見た目のことだと誤解されること もあるので、クライアントとはデザインという言葉を 使わずに話すようにしています

 

強みを強化するための組織づくり

─ Web制作+αで専門性の高いスキルが求められるようになっているなか、どのような組織体制にしていますか。

枌谷●2018年に、職種の定義を全部見直しました。デザイナーとコンサルタントとディレクターとエンジニアだけに。Webサイトだけしかつくらないデザイナーというのも少ないですし、「Webデザイナー」という呼び方には違和感がありまして。

野間●うちはデザイナー&デベロッパー(両方できる)が5名いて彼らがつくる人。ディレクターが2名で仕事を取ってくる人、という役割分担です。

ミナベ●うちは強みがバラバラの専門家が多いですね。デザイナーだとWebやプロダクトデザイン。ブランドだとCIデザイナー。コンサルだと、デザイン思考を活用したリサーチャーやファシリテーター、組織人事や、数学モデルの業務構築の専門家が在籍しています。

枌谷●野間さんは新卒しか採らないんですよね?

野間●中途の方が入ることで、それまで組織が培ってきた大事な何かが壊れるのをよく見ていて。うちの場合は、中途の方によってチームがより良くなる確率は低いなと判断してます。即戦力としては良いかもしれませんが、そこまでしてチームを存続・拡大したいとも思ってないですし。だったら新卒から受け入れることで業界に1人でも多くの人が入ってくれた方が。あと、いま24歳くらいのメンバーが2人いるんですけど、若い人が入ると社内の感覚を若いまま維持できるからというのもありますね。

枌谷●すごくわかります。うちも新卒率が3分の2に近いです。デザイン未経験で入ってくる人も多いですね。

ミナベ●うちは新卒は4分の1くらいで、中途が多いですね。既に一流として活躍している方にとって、魅力的なコミュニティづくりを心がけています。そのためには経営コンサルタントとデザイナーなど、職域がまったく異なる専門家同士のコラボレーションを重視していて。右脳言語と左脳言語で、まったく異なる人たちが一緒に働きやすくなることを意識しています。業務プロセスを構造化して理解しやすくしたり、ファシリテーション技術やグラフィックレコーディング*09を強化することで、ミーティングや普段のコミュニケーション理解を深めるようにしています。そのお陰か、独特のチーム力があるので、中途の方には魅力的に見えるようです。

*09 会議などの内容をイラストや文字でビジュアル化し、わかりやすく共有する手法

ロゴをWebに強い会社に依頼するなど デジタルを起点としてプロジェクトを組み上げる クライアントが増えています

 

─ 会社の今後の展望はありますか。

枌谷●BtoBマーケティングに強いWeb制作会社という柱は変わらないですが、次に力を入れようとしているのが業務システムのUI / UX分野です。市場はすごく広いので、これまでのノウハウを使ってそこを攻めていこうかなと考えています。そして裏の目的として、デザイナーを増やしたいというのもあります。この領域のデザインはロジカルなので、デザイン経験がなくても1年くらい学習すればそれなりにできるんですよ。そのために「デザインドリル」という教育システムを整えようとしています。あと、いま自社サービスをつくろうとしています。マーケティングオートメーション*10 とセールスフォースオートメーション*11 を融合させたようなものにしようと考えています。売れるかわからないですけど、サービスを開発したという経験をメンバーに積んでもらい、その経験が何かに活きればいいなと思っています。

*10 メールやサイトの訪問者の分析などから見込み客のデータを管理し、メールやサイトなどを活用したマーケティングを自動で行い、その結果を分析してくれるシステム
*11 商談や顧客管理、営業戦略などを管理し営業活動を効率的に支援してくれるシステム

ミナベ●先日UI CRUNCH*12でも話題になりましたが、デザイン経営を国策として力を入れ始めたことで、デザイン組織のコンサルマーケットが一気に開けた感があります。ただ、まだデザイン経営も注目されたばかりで、デザイナー自身が経営や組織構築に取り組む例は少ないとは思います。そうした意味で非常に育成コストは高いと考えていて。現状はうちも経営コンサル出身メンバーとデザイナーが協業して、デザイン組織コンサルを行ってますね。まだデザイナー目線だと経営は遠いものだと思うので、この分野がカッコイイ仕事だと思ってもらえるよう、頑張らないとですね。

*12 UIデザインを追求していくコミュニティ

野間●お二人ともよく考えていますね(笑)。うちは、個人の能力を拡張したいという考え方なので、僕はメンバーがやりたいと思うことを全力で支援していくだけです。そのために、常に選択肢が多数ある、個人にとって道が狭まることがない状態を作るのが仕事ですかね。

枌谷力
baigie代表新卒でNTTデータに入社後、デザイナーに転身。フリーランスを経て、2010年にベイジ設立。経営者、コンサルタント、ブロガーを兼務しているデザイナー。
baigie]BtoBサイトのマーケティング企画から制作、および業務システムやSaaSのUXリサーチ、UIデザインを得意とする下北沢のWeb制作会社。
ミナベトモミ
DONGURI CEO。家電PM / UIデザイナー出身の組織コンサルタント。事業会社・デザイン組織に対する、組織人事戦略 & 指標開発 & 業務変革のハンズオンコンサルが得意。
DONGURI]組織コンサル・デザイン思考・ブランディング・デザイン開発まで、多種多様な専門家が集まるデザインコミュニティ。組織変革・サービス開発から開発業務まで幅広く手がける。
野間寛貴
Garden Eight代表/ダイレクター。Garden Eightで営業・企画・採用などWebデザイン・Web開発以外の仕事を主に担当する。
Garden Eight ]浅草橋に拠点を置くデジタルプロダクション。7人のメンバーで構成。2016年に設立、2017年より活動を本格化。Awwwards、FWA、CSS Design Awardsなどにて受賞歴あり。
平田順子
※Web Designing 2019年2月号(2018年12月18日発売)掲載記事を転載

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