バーチャルワークプレイスを提供する「Spatial」 事例詳細|つなweB

AR/VR技術をエンタメだけでなくビジネス用途に活かす

リモートワークがどんどん加速する中で、ZoomやGoogle Hangoutといったオンラインミーティングツールの利用も加速しています。そんな中、今回注目したいのは、ARやVRの融合的な技術であるMR(混合現実)テクノロジーを活用し、仮想空間を活用したソリューションを提供するSpatialです。

ARやVRの分野は、まだ一般的なプロダクトとしては浸透しているとは言い難い状況ではありますが、アメリカの大企業リストであるフォーチュン1,000社の25%以上の企業からAR/VRのコラボレーションに対する強い需要があるとのデータも発表されており「まだまだこれから成長の余地がある分野」と言えます。その分野においてSpatialは「バーチャル・ワークプレイス」の実現を狙っているのです。

ARやVRの分野では、多くの企業がゲームやエンターテインメントに力を入れているのが現状ですが、それに対しSpatialは人々が日常的な仕事の目的で仮想空間をどのように利用できるかに着目しています。

具体的には、複数のビジネスマンが同じ仮想空間を共有するというもの。参加者を「アバター」で表示し、他の参加者が同じ部屋で話しているような体験を提供します。会話をするのはもちろん、バーチャルな壁を設けて図表を掲示したり、付箋を貼ったりすることができます。

考えてみれば、ZoomやGoogle Hangoutも共通のスペース(会議室)を設けて複数人が参加し、映像やテキストチャットなどでコミュニケーションを行なっています。それをより没入感のある世界で、よりリアルなコミュニケーションの環境を3D空間で実現させようということです。

ちなみにSpatialの操作は、ハンドジェスチャーを使ってPCでの操作より格段に直感的な操作ができるようになっています。「リアルなコミュニケーション空間」と考えれば、何かを伝えるのにキーボードを打つという動作はありえませんよね。

共同創業者でCEOであるAnand Agarawala氏は「仕事の未来はますます分散化していくと考えています」と語り、Spatialを活用すれば、バラバラな場所や環境にいるスタッフ全員が同じ部屋内に、テーブルを囲むように座っているかのような感覚を得ることができるとのこと。 

Spatial
AR / VRでつくり出す3D仮想空間に複数でコミュニケーションがとれるスペースを提供するスタートアップ。2016年に創立し、ニューヨークとサンフランシスコを拠点にしています
共同創設者の1人でありCEOのAnand Agarawala(アナンド・アガラワラ)氏。マルチタッチジェスチャで操作する3Dデスクトップインターフェイス「BumpTop」を生み出し、Googleに買収されたのを機にAndroidチームで活躍していました

 

バーチャル会議室とバーチャルデスクトップ空間

Spatialが提供する空間は2つあります。一つは、前述したような空間の参加者とまるで対面しているように感じられる「リモートプレゼンス」。もう一つは、“無限のデスクトップ”と呼ばれる部屋をモニターとして利用する「ナレッジルーム」です。Spatialは、「Microsoft HoloLens」「Oculus Quest」「Magic Leap One」「Qualcomm XR2」と提携しているソフトウェアプラットフォームですが、デバイスがないユーザーのために、Web版とモバイルアプリも提供しています。

ミーティングをスタートする際には、ホストユーザーが他のユーザーを同じ空間に招待します。部屋の中を見渡すと、同僚のアバターが表示され、コミュニケーションをすることが可能。このアバターは、ユーザーの2D写真を元にリアルな3Dに変換し、手と視線のトラッキングで生命を吹き込むAIを搭載しています。 

加えて、共有空間にはドキュメントや画像、サイトなどのマテリアルを表示し、それを見ながら会話をすることで、より現実の会議室に近い体験を提供してくれます。

 

5G時代のコミュニケーションの形フォードやKDDIも注目

Spatialは2018年に800万ドルのシードファンディングを、2020年の1月にはシリーズAで1,400万ドルの資金をシリコンバレーの著名VCやエンジェル投資家から調達しています。

Spatialの技術を利用している企業の一つが、フォードのインキュベーターであるフォードXで、モビリティに取り組むチームがリモートで共同作業するために、このソフトウェアを試験的に導入しています。現在のところ、Spatialは一度に15~20人程度を扱うことができますが、目標は数百人を一度に管理できるようにスケールアップするとのこと。さらに2020年2月、5G時代における新たなテレワークやユーザー間コミュニケーションシーンの創出を目的とする包括的パートナーシップを日本のKDDIと締結したことが発表されました。

これまでも、リモートでのコラボツールとしてはオンラインチャットやビデオチャットがありましたが、5Gネットワークの本格普及などを考えると、今後はSpatialのような、よりリアルな会議室を実現できるようなソリューションが増えてきそうです。

現実の空間にバーチャルな3Dモデルやビデオ、ドキュメント、画像、Webサイトなどを表示し、共有します。ジェスチャの合図でさまざまなデータが現れる様子は、さながら近未来のSF映画のようです
世界のどこにいてもバーチャル世界の自分の分身「アバター」によりメンバーが一同に介します。空間に掲示板を表示して付箋を貼ったりしながらディスカッションも可能。もちろんすべて参加者間で共有されます
利用価格はフリー版と有料のエンタープライズ版があり(価格は規模によって要問い合わせ)、フリー版は1セッションにつき最大40分利用可能、スペースは3つまで保存できます。
Text:ブランドン・片山・ヒル
米国サンフランシスコに本社のある日・米市場向けブランディング/マーケティング会社Btrax社CEO。主要クライアントは、カルビー、TOTO、JETRO、伊藤忠商事、Expedia、TripAdvisor等。2010年よりほぼ毎週日本から米国進出を希望する企業からの相談を受け、地元投資関係者やメディアとのやりとりも頻繁。 http://btrax.com/jp/
ブランドン・片山・ヒル
※Web Designing 2020年6月号(2020年4月17日発売)掲載記事を転載

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