独立の先輩に学ぶWeb制作の極意① 小谷直渡さん(sumika) 事例詳細|つなweB

独立を考えるからには「やりがい」ある仕事をしたいもの。しかし技術があるだけでは「良い仕事」は得られないと滋賀県で独立開業した小谷直渡さんは言います。独立前後の環境と心境の変化、そこから見えたクライアントとの関係構築についてコロナ禍の3年を振り返りながらお話をうかがいました。

 

小谷直渡さん
sumika http://sumika-creative.net/

 

独立直後にコロナ禍に突入…でも意外と不安は少なかった?

私たちは、滋賀県を拠点に夫婦二人でWeb制作をメインに活動しているクリエイティブユニットです。双方、約7年の制作会社勤務を経て、3年前に個人事業主として開業しました。現在は業務委託と直取引の比率がおよそ1:1で、前者はコーディングのご依頼、後者はメーカーから小売店までさまざまな業種のクライアントから、サイト制作・Web施策全般に関するご依頼を多くいただいています。

独立直後にコロナ禍と言われ始め、リモートワークへの移行が多くの企業で課題となりましたが、私たち自身についてはほとんどの業務は二人で完結できるため、制作環境やコミュニケーション等、働き方そのものには直接的な支障も変化もなかったという印象です。

受注面でも、当初は不安もありましたが、懸念された需要の冷え込みは特になく、コンスタントにご相談はありました。その中でも、コロナ禍により従来の「足で稼ぐ」営業ができなくなったために、営業の基盤としてWebに注力したいという声は多く聞かれ、そのため、クライアント側のWeb施策に対するニーズはコロナ禍以前より強まっていたと感じていました。その意味では、Web制作業にとってはコロナ禍はむしろ追い風だったと言えるかもしれません。

01 sumikaの制作実績

幅広いデザインの中にも、どこかほっとするようなを親しみを感じるsumikaのデザイン

 

打ち合わせもオンラインへ移行クライアントのリモート事情

コロナ禍で大きく変わったと感じるのは、打ち合わせの方法ですね。特に直取引では、コロナ禍の初期では対面での打ち合わせを希望されることも多かったのですが、第何波と状況が深刻化・長期化するにつれてオンラインでの打ち合わせが浸透し、一般的になってきました。現在では、撮影や現地調査等、訪問が必要な場合を除いては、オンラインでの打ち合わせで問題なく行えています。

オンラインに移行して大きな利点だと感じるのは、訪問するにせよ、来訪いただくにせよ、移動のコストが削減できることです。最近は気の緩みもあるのか対面での打ち合わせを希望されることもときどきありますが、個人事業主は「体が資本」でもありますので、感染対策と移動コスト面でのメリットにご理解いただき、オンライン対応を継続する予定です。

コミュニケーションツールについては、Zoom、Google Meet、Microsoft Teamsといったオンライン会議用ツールのほか、ChatWork、Slack、LINE等、さまざまなものを一通り使えるようにし、基本的にはこちらからは指定せず、クライアントの使いやすいツールで連絡を取るようにしています。同業者間であれば、Google Meet等は会議用URLを共有するだけで使えて便利ですが、そうしたツールに不慣れなクライアントも多くいらっしゃいます。ZoomはわからないけれどLINE通話はできると言われればLINE通話で…というように先方に負担がかからない方法にあわせる配慮も大切だと思います。

ただ、ビジネスにWebを活用する上では、業務管理やデータ活用など、パソコンにしかできないパソコンの「地力」は無視できないものですので、スマートフォンしか使っていないクライアントには、時間をとってパソコン活用のご提案をさせていただくこともあります。私たちにご相談いただいたからには、そうした面でも手抜かりなくサポートしていきたいと考えています。

02 オンライン会議は相手の慣れたツールで

Web制作業界では普及している会議ツールも、相手にとっては利用のハードルが高い場合もあります。制作者側の都合で決めるのではなく、相手の負担のならない方法にあわせることも大切です

 

活用している制作ツールとノーコードツールの可能性

私たちの普段の制作についてお話すると、まず、デザイン作成についてはAdobe XDを主に使用しています。ただ、Adobe XDだけでは画面が質素になりやすい欠点もあるため、そこを補うために、画像のつくり込みはPhotoshop、ベクターデータを扱う場合はIllustratorと、ツールを横断して利用することが基本になります。

そのほか、近年、利用者の増えているFigmaも、Adobeが買収したことで今後Web制作のメインツールとなる可能性もあると見ているので、少しずつ触っているところです。

コーディングに関しては、Visual Code Studioを用いて生のコードを書いています。SASSを使う上で便利なプラグインが多く、私たちのコーディング手法に相性が良いため採用しました。

しかし、制作ツールはトレンドの変化や突然の機能変更等の影響を受けやすいものです。そのため、特定のツールに過度に依存せず、デザインやコーディングの基礎知識等、ツールを活用するための柔軟な土台づくりを意識することが重要だと考えています。

最近の業界的なトピックとして、Studio等のノーコードツール・ローコードツールの台頭が挙げられます。しかし、私たちは現時点では使用しておらず、おそらく将来的にも活用しないと思います。というのも、ノーコードツールはできること・できないことが明確に分かれていて、Web制作者に求められることは、そのうちの「できない」ことだからだと考えるからです。例えば、ブランディング用にビジュアルとアニメーションを緻密につくり込んだページなどは、ノーコードツールで実装することは難しいでしょう。私たちの業務委託案件でもデザインの「完全再現」を求められることが多く、ノーコードツールでは足りない細やかなコーディング技術が、制作の現場では依然として不可欠です。

03 ノーコードで解決できることは意外と少ない

低予算案件で検討されることが多いノーコードツールですが、クライアントの要望や広報リテラシーを考えると実質的な解決にならない場合も…。予算問題も含めた課題解決を目指すことが大切です

 

「予算がない」問題にはどう対応するのがベストか

同様の理由で、クライアントに対してノーコードツールの活用を勧めることもありません。クライアントはなんらかの課題を抱えていて、その解決のためにWeb制作者の元を訪れます。では、その課題はノーコードツールの存在や使い方を教えれば解決するのでしょうか?

前述のように、ノーコードツールを渡せばすぐに、望み通りの優れたデザインのサイトがつくれるわけではありません。また、簡素なサイトであっても、どんなことを書くか、どんな画像を挿入するか…といったことを考えるだけでも、一般の方には意外と難しいものです。せっかく私たちを選んで頼ってくれたからには、課題解決まで導きたい。そのためには、ノーコードツールは、現状では力不足だと、私たちは感じています。

確かに、予算不足の問題はWeb制作にはつきものです。その際も私たちは、予算にあわせて無理に要件を削るよりも、十分な制作費が貯まるまで制作を延期することを提案します。加えて、見積りに難色を示された場合に気をつけているのは、「自分たちの都合で説明しない」ということです。必要な人日や作業の難易度を説明されても、発注者側にはわかりません。発注者の関心は制作物によって得られる恩恵なので、例えば「ホームページは会社の顔、つまり営業担当者です。有能な営業担当者を雇うとしたらどのくらいの年収を提示しますか?」と訊いてみることで、極端な低予算の再考を促しています。

もちろん、低予算の制作が必ずしも悪いわけではありません。しかし、クラウドソーシング市場で顕著なように、同じ「Web制作者」という肩書でもさまざまなレベルの制作者が混在しており、そのことが制作価格の相場を不透明にしている一面はあるように感じます。この点、希望要件と価格の「適正な」マッチングを心がけることが、価格相場の透明化につながると考えています。

04 相手の目線に立って説明できているか?

自分たちの都合ではなく、クライアントのメリット・デメリットに焦点をあてて説明することで、スムーズな制作進行が可能になります

 

独立して変わったのは「責任感」自分のすべてが信頼につながる

納品後、依頼主から「デザインがお気に入り」「使いやすくなった」「頼んでよかった」という言葉をもらうと、制作に携われてよかったと実感しますね。

振り返って、そのような「良い仕事」ができた理由は「裁量権を持たせてもらえた」ことにあったと思います。逆に、提案の余地のない「つくるだけ」のオペレーション的な対応を求められると、こちらもお金だけのドライな関係になってしまい、制作のパフォーマンスも落ちる悪循環になることもありました。

裁量権を得るためには、まず相手からの信頼を獲得することが大事です。その意味では、独立してから一番変わったことは、「責任感」が強くなったことかもしれません。例えばメール対応についても、会社勤めだった頃は一通一通に力を入れなくてもよい、むしろスピード重視で「さばく」という感覚で行っていたと思います。

しかし、独立して自分自身が看板となって仕事をするにあたって、自分の言葉や対応の一つひとつが信頼関係の構築に影響することを実感するようになりました。私たちも、金額が同じなら、気持ちよくやりとりができる担当者を選びたいのと同じように、発注者も制作技術だけを見ているわけではありません。特に個人事業のWeb制作者に対しては、制作技術以前に、コミュニケーションの取りやすさ、人柄や気遣いといった制作者自身の印象も、クライアントの満足度に大きく関わってきます。

また、コミュニケーションも単純に丁寧であればよいというわけでもなく、連絡がつきにくい方にはできるだけシンプルに伝達事項をまとめるといった、相手にあわせる柔軟性も重要です。相手とどのようにコミュニケーションをとり、相手の望むことを引き出し、それをどのようにゴールに持っていくかを考えるスキルは、個人でWeb制作事業を行う上で特に重要なものです。

「良い仕事」の土台となる信頼関係は制作者の一挙手一投足から生まれます。相手の都合を考えたコミュニケーションを心がけましょう

 

広い視野と柔軟な思考でクライアントの決断を支える

クライアントの満足度を高めるためには、クライアントの求めるものを「一歩、二歩先で叶える」思考も大切です。例えば、制作物を100%ではなく150%の状態まで高めて提案するといったことですね。私たち自身が、中途半端な制作をしたくない、「これで全力なのか」と落胆されたくない気持ちが強いせいもありますが、期待値を上回るための注力が、結果的にクライアントからの信頼につながり、長期的なおつきあいにも発展します。リピートの獲得が収益的な面で重要なのはもちろんですが、事業内容やWeb施策の概要等、前提がクライアントと共有できていることは、双方に安心感や円滑なやりとりを生み、より良い仕事ができる循環になります。

総括して、個人事業主あるいはWeb制作者に必要なのは、「柔軟なマインド」だと考えています。掘り下げて言い換えると、風呂敷は広げつつも、それを活かすか潰すかはクライアント自身に握らせるということです。当然のことですが、事業に関わる決断はクライアント自身にしかできません。制作者がサポートできることは、選択肢を制作者側の判断や技量で狭めることなく、あり得る可能性を率直に提示することです。

そこで私たちは、クライアントがなんらかの岐路に立たされたときには、まず「A、B、Cの3つの選択肢があります」というように、端的に選択肢をまとめ、次いで各選択肢のメリット・デメリットの正直に説明し、判断材料を提供するように努めています。しかし、それだけでは明らかに不合理な判断に突き進むクライアントもいるため、最後にWeb専門家としての推奨案を示すところまでが、私たちの責務だと考えています。

セオリー的な思い込みや決めつけでは良い仕事はできません。クライアントと向き合い、その目や口を見て個別の最適解を判断していく姿勢が大切だと、近年ますます強く感じています。

06 クライアントの選択肢を広げることを意識する

あくまでも判断の主役はクライアント自身。制作者は、自分の思いこみを排して、広い視野で判断材料を提供することが大切です

 

Text:原明日香
Web Designing 2023年2月号(2022年12月16日発売)掲載記事を転載

関連記事