独立の先輩に学ぶWeb制作の極意② 桑島三佳さん(Mulberry) 事例詳細|つなweB

独立すると、やりがいある仕事を選べる反面、仕事を請け負うリスクを一人で背負うことにも…。独立して約8年となる桑島三佳さんに、個人でWeb制作を行う上で大事な心構えや、コロナ禍やWebツールの発達によるクライアントの変化、今後のWeb制作の展望等、現場ならではのお話をうかがいました。

 

桑島三佳さん
Mulberry https://mulberry.promo/

 

コロナ禍でEC需要が拡大 制作環境に起こった変化

10年ほどいくつかの制作会社に勤務した後に独立し、個人でWeb制作を始めて約8年になります。富山を拠点に、最近はWeb制作だけでなく、メールの設定や撮影、名刺・チラシ等のグラフィック制作も含め、クライアントのご相談に応じてWebや制作に関する業務をトータルで対応しています。

クライアントは個人事業主~社員規模数名の小規模企業が中心で、特にエステや美容室等、女性経営者からのご相談が多いです。

個人事業ということもあり、コロナ禍でも自分自身の働き方にはほぼ影響はありませんでした。商圏の拡大という意味ではむしろプラスだったかもしれません。コロナ禍以前は、対面での対応が基本だったため、活動範囲も富山周辺に限られていました。しかし、コロナ禍でリモートが普及したことでオンラインで完結できる案件が増え、都市部からの案件も受注できるようになりました。

事業者側の変化では、特にEC需要の高まりが顕著でした。私は以前からBASEでデザインテンプレートを販売しているのですが、コロナ禍直後、最初の緊急事態宣言があった4月~5月から急激に販売数が伸びたこともあり、EC等のWeb施策に注力し始める事業者の増加を肌で感じました。

01 Mulberryの制作実績

女性らしい華やかさと、見るだけで元気が出る明るさのあふれる桑島さんのデザイン

 

やりとりは記録に残る方法で 連絡ツールの最新事情

私のクライアントは、多くが個人事業主で、SNS等のWebツールを積極的に活用している方が多いこともあり、打ち合わせや連絡について、オンラインへの移行はスムーズにいきました。

クライアントとのコミュニケーションには、メールやLINEを中心に、Chatwork、Zoom、Slack等を使っています。連絡方法については、最初にクライアントの使用ツールを確認するようにしています。というのも、クライアントの多くは制作会社等とは異なり、メールの方はメールだけ、LINEの方はLINEだけというように、連絡用のツールはそれぞれ決まった特定のものを利用しているからです。そのため、先方が普段使っているツールにこちらがあわせることで、スムーズな連絡が可能になります。

ただし、必ず「記録に残す」ということは、クライアントと連絡を取る上で注意しています。電話やSNS通話は、会話をしやすい反面、内容の記録が残らないので、細かい内容を忘れてしまったり、認識の齟齬が起きやすく、「言った、言わない」のトラブルになりがちです。個人でWeb制作を請け負う上では、トラブルから自分の身を守ることも必要です。そのため、重要な連絡事項は記録の残る方法で相手と共有することを常に意識しています。

その点、最近はLINEが連絡のメインツールになっています。いまやほとんどの方がLINEを使っていますし、中にはメールを使わずLINEだけというクライアントも増えています。そしてなにより、「既読」がつくことは非常に安心感があります。メールの場合、先方からの返信がないと電話で確認したりという二度手間が発生することもありましたが、行き違いの不安がなくなったことは双方にとってメリットだと感じます。

LINEというと業務向きではないと思われるかもしれませんが、デスクトップ用アプリを使えば、文字入力ややりとりの管理もメーラーと同様にパソコンで行うことができるので、業務上の支障はあまり感じません。

02 コミュニケーションツールの変遷

「言った、言わない」のトラブルを避けるには、記録に残る手段を使うのが鉄則。利用者の多いLINEもデスクトップ用アプリを活用すれば、快適な連絡ツールとして使用可◎

 

便利さとクオリティの間で抱く制作における葛藤

デザイン制作は、最近はAdobe XDをメインに用いています。リピートグリッド等、Webデザイン制作に便利な機能が多いので重宝しています。しかし、つくり込みには向いていないので、PhotoshopやIllustratorをメインに使っていた頃と比べると簡素なデザインになってしまっている反省はあります。「シンプル」は現在のデザインの潮流ではありますが、シンプルさと丁寧な仕上がりの両立は、デザイン面での一つの課題だと考えています。

コーディングは従来どおりエディタで書くことを基本にしています。Adobe XDやFigma等の、コードの自動書き出し機能が話題になることも増えてきましたが、現状ではまだ案件への導入は難しいように感じます。といっても、可能性を完全に排除するわけではなく、自動化できる部分は自動化し、余った時間を別の業務に充てることができるなら、メリットは大きいと思います。そのため、今後ツールが進化して実用段階になれば活用していきたいです。

ノーコードツールについても、私自身が用いて制作を行うことは現状ではありません。クライアントがJimdo等を用いて作成したサイトに対して、見映えの調整を依頼されることはときどきあります。ただ、Web制作者がつくる品質を求められると、結局は大幅に手を入れなければならなくなるので、ノーコードツールには限界があることをクライアントには理解いただき、自分自身にもそれを言い聞かせながら作業しているところはあります。

もちろん、ノーコードツールは今後も進化し、使用できる場面は増えてくるでしょう。制作要件次第では積極的に使っていくことを検討しています。また、クライアント自身がツールを活用してサイト制作・運営ができるよう支援する、操作レクチャー等のサービス展開も行っていきたいです。

03 ノーコードツール活用の展望

近年発展のめざましいノーコードツールも、制作ツールとしては物足りないものの、クライアント自身が使うのには便利な面も。メリットと用途を考慮して提案の幅を広げよう

 

SNS提案の落とし穴 継続性を加味した提案を

継続的な広報活動は現在、あらゆる事業に不可欠なものとなっています。しかし、CMSを導入しても、SNSを開設・設定しても、「はじめました」の初報で更新が止まってしまうクライアントは少なからずいます。Instagramは熱心だけど、ブログは全然更新されない…というパターンもありますね。

ここからうかがえる原因の一つに、更新作業のハードルの高さがあります。個人事業の方は通常業務に集中しがちですし、小規模企業では専任のWeb担当者がおらず、また運用体制やルールも明確に決まっていないことが多いです。加えて、投稿が即反響につながるわけでもないため、モチベーションが続かないこともあるでしょう。更新の継続には、単なる根性論ではなく、こうしたクライアントの事情や心情にも配慮したサポートが必要です。

さらに、情報発信の成否には、そもそもの業種との相性も関係します。アパレルは好相性の一例で、写真そのものが購買意欲に結びつきやすい、新商品が次々と出るため更新内容に困らない等、情報発信が軌道に乗りやすい条件が揃っています。

一方、盲点だと思った例はエステサロンです。女性をメインターゲットとする業種は、Instagramとの相性が良いと思われがちです。しかし、深掘りしてみると、静止画では内容や魅力が伝わらない、更新のネタが多くない、「利用者の声」も掲載しづらい(素顔や素肌等の女性のセンシティブな部分を見せる必要があるため)等、Instagramでの更新を続けるには不利な条件が意外と多くあります。この場合は、写真ではなく、例えばスキンケア等の動画をYouTubeや Instagramのリール動画にアップするほうが効果的と言えるでしょう。このように、業種特性に応じて、適切なプラットフォームや表現手法を提案することが大切です。

04 SNS活用は業種との相性が大事

SNSやブログの継続は、画一的なセオリーの押し付けでは上手くいかないことも…。クライアントの業種との相性や更新体制等の背景を理解した上での提案とサポートが重要です

 

個人で仕事を請け負うためのリスクマネジメント術

技術の変化が速いWeb制作の世界では、特に個人で活動する制作者は、自ら貪欲に新しいことを取り入れていく姿勢も必要です。また、クライアントからの相談も多岐に渡り、ときには少し背伸びすることも必要になります。一方で、「やってみたけどできなかった」という事態は、クライアントの迷惑になるため避けなければなりません。成長と限界とのバランスを見極めることも、個人で制作を請け負う際の課題と言えます。

不測の事態が起こりやすいのは、やはり開発が絡む場合でしょう。その際、第一に「自分でカバーできないことには手を出さない」ことにしています。例えば、WordPressを導入する場合は、お知らせや施工事例の更新といった、デフォルトの機能で実装できる範囲に留めています。提供されているプラグインを使えば、予約システム等の複雑なシステムも実装できますが、不具合や開発停止等のリスクもあり、何かあった場合に自分の力では解決できないことが懸念されるからです。

そのため、予約システムの例では代替案として、「STORES予約」のような外部サービスの利用を提案したり、そのランニングコストの捻出が厳しい場合には、サイト上では空き時間の更新のみをできるようにし、予約希望はLINEで受け付け、手作業で管理するといった提案をすることもあります。

加えて、個人で仕事を請け負う際は、多くの「伝手」を持っておくことも大切です。例えば、自分のスキル的に請け負えない案件の紹介先や、チャレンジングな案件でのフォローをお願いできる相談先等です。その点、私も以前はよく、同業者の集まりに積極的に参加して、多くの制作関係者とのつながりづくりはしていました。今でも助けてもらうことも多く、同業者ネットワークは、個人の制作者にはなにより心強い存在だと感じます。

05 「手に負えない」リスクを管理する

Web制作の世界では挑戦が不可欠な一方、リスクもつきもの。個人で仕事を請け負うには、自分で対応できる範囲を見極め、適切なリスク管理ができることも必要です

 

サイト制作のニーズが減少!? これからのWeb制作の展望

個人で仕事を請け負うことは大変なことも多いですが、やりがいや充実感は、独立前と比べると格段に大きくなりました。制作会社に勤務していた頃は、クライアントの顔を知らないことも多く、利益を出すことへの重圧もあり、いかに効率的に仕事をするかを考えがちだったように思います。一方、独立後は直にクライアントの話をうかがい、その事業や人柄を直接知ることで、案件にも熱が入るようになりました。

しかし、実のところ、Webサイト制作のニーズは以前よりなくなってきたと感じています。5年ほど前は「とりあえずWebサイトが欲しい」といった相談も多かったのですが、最近はWebサイトは不要とされるケースもあります。例えばエステサロンや美容室では、制作費が高額になりやすいWebサイトは優先度として高くなく、外注はショップカードやチラシ等の最低限必要なものだけに留め、WebサイトはSNSで代替するという方が増えています。さらに今後ノーコードツールが伸びてくれば、自力でサイトをつくる事業者も増えてくるでしょう。

こうした変化の中で、今後のWeb制作者には、制作そのもののスキルより、「点と点を結ぶ提案力」、すなわち「施策全体の流れをトータルで設計する力」がより重要になってくると考えています。自発的・精力的にSNS等を始める事業者は多いのですが、それぞれ「点」でやってみているだけで、集客から売上を伸ばす「動線」になっていないケースも見受けられます。そのため、ツールの活用方法、魅力的なコンテンツづくり、オンラインでの接点からオフラインのマネタイズポイント(店舗等)へ誘導する施策等、各施策を有機的につなぐ提案ができるスキルの重要性は増しています。

Web以外の手段にもアンテナを張り、クライアントの事業を広い視野で思考できる力が、Web制作者にも求められ始めていると感じています。

06 点と点を「結ぶ」提案力が今後重要に

SNS等、クライアント自身が始めるWeb施策は「点」での施策になりがち。それぞれを活かし、売上アップまでの有機的なつながりをどのように描くかが、Web施策の専門家の腕の見せどころです

 

Text:原明日香
Web Designing 2023年2月号(2022年12月16日発売)掲載記事を転載

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