「Web制作」の仕事に対する若者世代の意識の変化 事例詳細|つなweB

ノーコードツールなども登場し、Webサイト制作に対するハードルがますます低くなっている昨今。現代の若者たちは、Web制作の仕事についてどう考えているのでしょうか? デジタルハリウッド大学にて、15年以上にわたり教鞭をとる栗谷幸助さんに、若者世代の意識の変化やその背景について話を聞きました。

 

栗谷 幸助さん
デジタルハリウッド大学 准教授 デジタルハリウッドSTUDIO/オンラインスクール専任講師/大学卒業後、流通業を経てWeb業界へ転身。Webデザインユニットを結成し、Webの企画・デザイン・サイト運営等を手掛ける。2000年より、Webデザインを専門領域としてデジタルハリウッドが運営する大学やスクールの講師を務め、現在に至る。

 

Web制作の仕事は「憧れ」から「当たり前」のものに

今から20年ほど前。私がWeb制作業界に転身した頃のメディアというとテレビやラジオが主流で、インターネットを利用し、自分でつくったコンテンツを自分で発信できること自体が真新しい時代でした。そんな新しい世界への憧れがモチベーションとなり、Web業界に飛び込む人が多かったように思います。そこから徐々にWebデザイナーという言葉が浸透し始め、Web制作の仕事を目指す人が増えてきたのが10年ほど前まで。その頃にはCGを駆使した映像作品も主流となっており、社会人スクールや大学でも3DCGや映像、アニメーションといったジャンルに憧れを抱く方が多くいましたが、それらと並ぶほどWeb業界も憧れが強い業界でした。

ところが、最近の本大学の学生を見ていると、Webの存在自体が当たり前過ぎて、Web制作も何か特別なものをつくる憧れの仕事というよりは、自分たちの身の回りに当然のようにあるものをつくる、いくつかある仕事の中の一つになっているような気がしています。

その背景にはスマートフォンの登場が大きく影響しています。普段使いしているツールの一つにスマートフォンがあり、その中で通話をしたり、情報を見たりする。そして、スマートフォンの中にも情報を見るためのツールが複数あり、自分が見ているのがたまたまWebブラウザであるというのが今の若者たちの感覚です。つまり、以前はパソコンをわざわざ立ち上げて見るという特別な行為の先にあったWebサイトが、情報を見るツールの一つとして当たり前の存在となっているため、Webという概念自体が今の若い世代の中ではあまりはっきりしていないように思います。そのため、Web制作の仕事と言われてもピンと来ず、最初からWeb業界を目指して入学してくる学生は相対的に少なくなっている印象です。

一方で、本大学は一学部一学科ということもあり、3DCGや映像、アニメーションからWebデザインまで一通り学ぶ形式をとっています。そこで、「自分はどうやって映像作品に出会い、楽しんでいたのか」という基本に立ち返り、広報やマーケティング方面に目を向け始める学生がいます。同様に、演出を支えるプラットフォームとしてのWebに興味を持ち、Web業界を目指し始める学生もいるというのが現状です。

 

若い世代はモノづくりよりも制作物の使われ方に興味あり

スマートフォンが登場し、Webを取り巻く環境が激変してからはや10年以上。今ではWebサイトを閲覧する機器としてスマートフォンのシェアはパソコンを上回り、20~40代においては約90%に及ぶという調査結果もある中で、デザインに対する感覚も変わってきています。私自身、インターフェイスデザインの授業を受け持っていますが、スマートフォンとパソコン向け、それぞれに対応したレスポンシブデザインをつくるという課題を与えることがあります。すると、スマートフォン向けのデザインをつくるのには非常に長けているのですが、パソコン向けのデザインではレイアウトのバランスが悪かったり、情報がすかすかになってしまったりと、苦労している学生をよく目にします。やはり普段見慣れているものをベースに考えるので、パソコンの広いスペースは持て余してしまうようです。

加えて、全員が全員ではないものの、総じてデザイン自体に対するアーティスティックなこだわりやモノづくりに対する熱が薄れているという印象もあります。その代わり、自分が開発したもの自体の使われ方にはおもしろさを感じているようです。その背景には、2000年代半ば頃からブログが登場し、その後SNSで情報をシェアすることが当たり前となり、Webの技術を知らなくても情報発信できる時代になったことが挙げられるでしょう。誰もがさまざまな形で情報発信できるからこそ、その情報がどんな形で使われ、どんな影響を及ぼすかの方に興味が湧くのかもしれません。

また、ユーザー目線で設計されたものに慣れ親しんでいるため、ユーザー体験を意識したUI/UXデザインが自然に考えられるのも、今の若い世代の特徴だと思います。10年ほど前までは、デザインの美しさには強いこだわりを持った学生が多かった一方で、逆にユーザーの使いやすさなどを意識するように促していたのですが、今は自然とできている。もしくは少し教えるだけですぐに理解してくれる学生がほとんどです。

ですので、「こういうものがつくりたい」というモノづくりへの熱い想いを持ってWeb業界を目指すというよりは、ユーザー体験の向上を目指したり、自分の身の回りにあるものを支える土台づくりに携わりたいと思った時に、その選択肢の一つとしてWeb制作の仕事があるといったイメージなのでしょう。

過去10年間における20代のインターネット利用機器の推移

スマートフォンが一般家庭に普及し始めてから、Webサイトを閲覧する機器のシェアがパソコンとスマートフォンで入れ替わり、今や20代では約90%に。そのため、インターフェイスデザインもスマートフォンありきで考える傾向がある

 

Webが当たり前となった今 進路先の選択肢も広範囲に

ここまででお伝えしたような状況もあり、卒業後の進路に関しても10年前と今では大きく変化しています。具体的には、以前は典型的なWeb制作会社に行きたい学生が多い傾向にあったのですが、今はそういうわけでもありません。例えば、メディア事業やインターネット広告事業などを手掛ける会社のクリエイターとして携わりたいという子や、メガベンチャーのIT部門、もっというと一般企業の情報システム課のような、いろいろな業務がある中でのWeb関連部門を目指すような子も増えていて、進路の選択肢を広く見ている印象があります。それも、Webというもの自体が当たり前のものになっているからに尽きると思います。

また、Web制作業界では働き方改革などが進み、他のクリエイティブなジャンルと比較すると働きやすそうというイメージを学生も持っているようです。その面でも今の若い世代にとって、Web制作の仕事はクリエイティブ業界の仕事というより、クリエイティブ領域に近い一般企業の仕事という認識を持っているのかもしれません。

もう一つ大きな変化として、3DCGや映像、アニメーションなど他のクリエイティブを学んでいる学生たちにもWebの知識が浸透しているという変化も挙げられます。これは一学部一学科である本大学の特徴も影響しているかもしれませんが、Webの知識があれば、自分の映像作品を発信するための一つのツールとしても活用できるし、もしかしたら副業にできるかもしれないという感覚を持った学生が増えているのではないかと感じています。

私は大学だけでなく、社会人を経験した20代後半~30代前半の方を対象としたスクールでも講座を受け持っていますが、副業に関しては特にスクールの方が顕著です。10年ほど前までは、きっちりとキャリアチェンジしてWeb業界に進みたいという受講生がほとんどでしたが、今は副業にするために学びたいという方も増えている印象です。Web制作の仕事が副業でもできるようになっていることには寂しさを感じる部分もありますが、良くも悪くも自分の身の回りにある当たり前のツールなので、自分の本業の幅を広げる意味でも、学びたいと思うのは自然なことなのかもしれません。

Web業界を目指すモチベーションや進路先の違い

10年ほど前までは自分のつくりたいものが明確にあり、それを実現するためにWebデザインについて学び、Web制作会社へ就職する学生がほとんどだったが、今は別の分野について学んだ結果、Webの重要性に気づき、目指し始める学生も多い。そのため、進路先もWeb制作会社とは限らない

 

新しい技術も抵抗なく受け入れ上手に活用できる世代

若い世代の間で、Web制作の仕事が「憧れ」から「当たり前」になりつつあることに加え、今では、ローコードやノーコード系の制作ツールが浸透していることもあり、大学の入学検討者からは、制作会社のデザイナーの価値はどこにあるのか、勉強する意味はあるのかという質問を投げかけられることもあります。

確かに今後、ローコードやノーコードがこれまで以上に広がっていくのは避けられないでしょう。今までコーダーが書いていた部分をローコードやノーコードに置き換える案件も出てくるとは思います。一方で、Web制作の仕事と一言でいっても、UIデザイナーからマークアップエンジニア、フロントエンドエンジニアまで幅広い役割があるので、あくまでその中の一部が置き換わるイメージだと私自身は捉えています。もちろん、ローコードやノーコードが担える部分を目指していた人からすると仕事を奪われる可能性はありますが、Webサイトをつくる工程全体を考えると、心地よいインターフェイスデザインをつくるにはどうすればいいのかといった部分などは勉強しないとできません。それは、実際に入学してWebの知識を学んだ学生たちならわかっていると思います。ですので今の若い世代も、それらの新技術はあくまで業務を効率化するための一つの武器として使っていくという感覚を持っているのではないでしょうか。

ただし、Web業界の仕事は周りの環境に大きく左右されるものです。ローコードやノーコードが一般化してくると、ユーザーの意識も働き方も変わってくるので、そこは私としても注意深く見ていきたいと思っています。それはAIについても言えることです。今であれば例えばイラストを描く部分がAIに置き換わるだけかもしれませんが、複雑なWeb制作もAI自身が考えられるようになった時には、上手に活用していける側になっていく必要があるとは思います。

一方で、今の若者たちは新しく出てくる技術に対して、脅威に感じるというよりは、おもしろいと捉えられる世代でもあります。新しい技術に対する抵抗感が薄く順応性が早い。逆に言えば、これまで使われていた技術やデザインなどに関して執着もない。ドライに使えるものは使っていこうという感覚も、今の若い世代ならではの価値観といえるでしょう。

使えるものは使うという価値観

新しい技術を柔軟に受け入れ、コードを書く領域の一部のところでローコードやノーコードツールを活用したり、イラストではAIを活用したりと、活用できるものは活用して、ドライに効率よく業務を進めていこうという感覚も若い世代には一般的といえる

 

 

Text:楳園麻美(Playce)
Web Designing 2023年2月号(2022年12月16日発売)掲載記事を転載

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