Web制作会社に問われる働く環境や働き方(SHIFTBRAIN) 事例詳細|つなweB

コロナ禍以降、Web制作会社を取り巻く状況が一変しました。今後、クリエイターたちが充実感をもって働くためにどうすればいいでしょうか? デジタルクリエイティブエージェンシーのシフトブレイン・加藤琢磨さんの話をうかがいながら、Web制作会社が今後に備えるためのヒントを探りましょう。

 

加藤 琢磨さん
株式会社SHIFTBRAIN代表取締役/https://shiftbrain.com/
https://note.com/shiftbrain/

 

コロナ禍以前から模索を続けた理想の働き方

コロナ禍によって、シフトブレインも大きく働く環境や働き方を変えました。2020年以降、働く環境は完全なフルリモート体制へと移行。東京・南青山に拠点として長く構えてきた一軒家のオフィスを解約して、僕自身も2022年4月に東京から福岡へと移住しました。

また、働く仕組みとしては、社内を3つのチームに分けて、独立採算制を導入。チームごとで成果報酬を受けやすい体制へと変えたところでした。この制度自体はコロナ禍が直接のきっかけではありませんが、全社的なフルリモート体制に舵をきりやすかった背景に、すでにチーム単位で裁量を持って働いていたことは大きいです。2020年は、本格的に運用し始めたタイミングでした。

もともと僕たちは「いかにクリエイターが楽しく働くことができるか」を念頭に、理想の組織のあり方や働く環境、働き方について模索してきた会社です。振り返ると、10年以上前、大手代理店やナショナルクライアントの案件に関わる機会が増えた半面、モノづくりに没頭するあまりに徹夜が常習的になるなど、社内スタッフの退職が続く苦い経験もしてきました。

そこで、経営者として大きな反省に立ち、2013年を境にクリエイティブに携わる会社として、クリエイターが楽しく働ける環境づくりを重視するようになります。2014年には、イギリス・ロンドンにサテライトオフィスを置き、社員が交代で働いたりもしました。

2016年には、厚生労働省が発表した報告書「働き方の未来 2035」にも衝撃を受けました。従来の働き方が通用せず、「時間や空間にしばられない働き方」や「より充実感が持てる働き方」に言及する内容は、組織変革が待ったなしとの自覚を促しました。模索を進める中でも、優秀なクリエイターが事業会社に好条件で移籍する現実に歯止めをかけたい思いも強くありました(01)。

※「働き方の未来 2035~一人ひとりが輝くために~報告書」 (2016年、厚生労働省)https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-12600000-Seisakutoukatsukan/0000152713.pdf

01 クリエイターにとっての理想の働き方とは?

Web制作者をはじめとするクリエイターの働き方、働く環境の選択肢の理想は、さまざまな条件を組み合わせて成り立つと言えるのではないでしょうか

 

フルリモートで固定費の抑制と地方移住が可能に

ここからは、自分たちなりに模索したことを共有していきます。特にWeb制作会社の働く環境やスタイルを再考する材料や気づきになれば幸いです。

まず先述の通り、フルリモートへと完全移行し、オフィスへの出社をなくしました。2020年時点は、約280㎡(平米)の場所を借りたままでしたが、ほぼ僕だけが出社し、たまに数人のスタッフが顔を出す程度でした。社内全員の希望を確認しながら、今後も出社のニーズが大きく広がらない見通しがあり、翌年から正式な移行を決断しました。

使っていない空間を持て余す無駄を防ぎたい一方で、会社への愛着や帰属意識の象徴でもあるオフィスの存在自体の意味も軽視できない、とも考えました。例えば、対面で打ち合わせの必要が生じる場合もゼロではなく、居場所を完全になくすことは難しいと判断。以前より10分の1ほど、約25㎡で、希望があれば利用可能な場所を同じ南青山で確保しました。これでオフィスの賃料を約6分の1にまで抑制できました。

抑制できた分は、スタッフへの還元です。そこで、「リモートワークサポート手当支給」として、自宅をメインの仕事場と考えるスタッフに対して、月額1万5,000円を支給。それ以外にも、自宅とは別の場所を借りる場合や出社と自宅で半々の場合など、働く場所の選択肢を設けて自由に選べる形にしました。

東京都内へのオフィス出社がなくなり、場所に縛られない働き方も可能になったことで、地方移住のスタッフが増えています。僕(福岡)以外も、新潟、福井、茨城、岐阜、大阪といった各地方へのUターンや、広島県の企業誘致制度「広島ではたらく、という選択。」を用いて瀬戸内海の離島、江田島に会社の1拠点を置きつつ移住したエンジニアもいます。こうしたフルリモート体制を担保に、居住場所のニーズにもフレキシブルに対応できる点は、会社への所属のメリットをスタッフが感じやすくなっているかもしれません。

※広島ではたらく、という選択。(広島県) https://www.pref.hiroshima.lg.jp/site/office-relocation/

 

フルリモートは継続。一方、オフィスを再移転した理由とは?

フルリモートによって、スタッフの中に場所にとらわれない働き方の動きが生まれた一方で、マイナスの側面も顕在化しました。それが内部スタッフ間の関係性悪化です。日頃、Slackをベースにしたコミュニケーションが続き、直接顔を合わさないことの弊害が生じました。対面できていれば感じ取れる相手の機微に触れられないなど、文字によるコミュニケーションの限界で、チーム同士、個人間での衝突が相次ぎました。

そこで導入したのが、四半期ごとにランダムで5人ほどのグループをつくり丸1日グループで旅行する、という社員旅行制度です。1人あたりの予算を支給し、「そのチームが最も思い出深い体験をする」という取り決め以外は、グループの自由裁量で進めてもらいます。業務以外の関係性づくりの機会を、地方移住者も含めて取り入れるようにしました。

こうして僕が経営者として、近年の大きな決断の1つが全社フルリモート体制だったのです。これは現状も継続中ながら、2022年現在、オフィスは東京・下北沢に再移転。移転前より2.5倍の70㎡の広さを改めて確保しました。自分たちがいろいろと試みた結果、全社フルリモートの業務体制を維持する代わりに、いつでもスタッフが集まれるオフィスは必要、だとも判断したのです。例えば、「たまにはオフィスでデザインがしたい」「内部スタッフ同士で時間を気にせず対面で打ち合わせがしたい」場合、以前の場所ではさすがに手狭でした。スタッフが思い立った時に気軽に対応できる場所を、組織として担保すべきと判断しました。

オフィスの有無や移転は、会社の規模やカルチャーで判断が変わります。僕も偉そうなことは言えませんが、現段階の実感を言えば、組織として出社かリモートかの軸足を明確に置くと、出社もしくはリモートに寄せた体制の長短所を整理しやすくなり、自社にあったあり方を模索しやすいでしょう(02)。

02 フルリモート体制の長所と短所

出社を優先するか、フルリモート体制にするか、いずれにせよそれぞれの長所、短所があります。それらを踏まえて、組織として仕組みやルールなどで補いながら、みなさんの会社にとってよりよい、なじみやすいあり方を模索できるといいでしょう

 

給与への還元を高める制度の功罪

経営者としてもう1つ、近年で大きく決断したのがスタッフの年収を上げることです。2018年から弊社が掲げる「WORKS GOOD! いい働き方をするために、いい生き方を考える」というスローガンを実践しつつ、スタッフに長く働いてもらうために導入したのが、先にも触れた独立採算制度です。

社内を3チームに分け、各チームが1つの会社のように独立採算で収支管理をする体制にしたのは、スタッフが能動的に業務にコミットするほど利益がより還元されやすい形にしたかった以外にも狙いがありました。ものづくりの現場で、スタッフ自身にお金のことを考えさせるのは大変ですが、独立採算制度をきっかけにスタッフ一人ひとりがお金に向き合ってもらえたらと考えたのです。クリエイターのカルチャーに入れない方がいいと判断してきたお金の難しさをむしろ感じてほしかったわけです。

また、各チームにはコミットライン(各チームの所属スタッフの給与の合計×2.5倍)を課す代わりに、コミットラインを超えた利益の40%はチームのボーナスとして半期ごとに還元するルールも設け、チーム単位の成果が自分たちの給与に反映される仕組みにもしました。各チームはコミットラインという会社側の約束事以外は、仕事の進め方や、そもそも案件を受けるかどうかの判断も含めて、自由にできるようにしました(03)。

先にビジネス上の観点だけを言えば、独立採算制度はビジネスとの相性はよかったです。2020年はコロナ禍で、全チームがコミットラインを越えられず、ボーナス支給できませんでしたが、2021年は過去最高額のボーナスを支給でき、人によっては年収の3分の2相当を得ています。何より売上だけを見ると、過去最高の収益を上げ、この制度のもとでガンガンに業務を回せばどんどん稼げることもわかりました。

ただし、2022年を機にコミットライン制度は残しつつ、独立採算制度は廃止に至ります。理由は、各チーム間の軋轢があまりに絶えなかったからです。

03 独立採算制度とコミットライン制度

東京・目黒区に拠点を置くデジタルマーケティングカンパニー、MOLTS(モルツ)がつくった「独立採算制+社内売買制」を参考に実施。MOLTSが個人単位で運用するのに対し、SHIFTBRAINはチーム単位での運用にカスタマイズして導入しました 参考:https://note.com/shiftbrain/n/n2db00d39d1f0

 

組織の一体感を優先。独立採算からの再転換

独立採算制度やコミットラインボーナス制度を採用した時期は、組織の構造を大きく変えたタイミングです。この状況に則した新しいスローガンを用意しようと、社内のコピーライターと協力して「SIGHT RENEWAL」という言葉を定めました。これは「事実は事実としてあった上で、それをまったく別の視点から見つめ、新たな価値を生み出していくこと」という意味を込めています。他にもミッションやビジョンなども制定。活動の根底にはこれまで同様に「楽しくクリエイティブに携わる」原点を社内全体で確認するようにしていました。

また、弊社は毎月、モチベーション管理を兼ねたアンケートを実施。「仕事」「環境」「チーム」「プライベート」の4軸におけるモチベーションを数字で入力するほか、相談事を書いてもらい、スタッフの状況把握に努めています。ここでの内容を定期的に人事と一緒に確認し、各チームのマネージャーも含めてスタッフのケアやフォローを行う中、独立採算導入後にはっきりしたのが、スタッフに望まぬ苦悩やストレスを過度に与える環境になっていることでした。スタッフ間の人間関係の悪化は、フルリモートによる要因とともに、独立採算制度に伴うチーム同士の対立としてますます先鋭化してしまったからです。

「自分のチームさえ良ければ」という、チーム制による歪みは導入前から想定していましたが、想像以上にスタッフ間には大きな摩擦が生じてしまいました。結論として、僕たちは2022年から独立採算制度を廃止し、以前の状態へと戻しました。ただし、スタッフへの還元を意図した各チームへのコミットラインボーナス制度は継続中です(04)。

こうした判断も、組織の規模や置かれた状況で変わり、実施で初めて見えてくることもあります。実際に試した結果、シフトブレインでは独立採算制度から得られるメリットよりも、スタッフの声を尊重するという結論に至りました。

04 自社が目指したい働き方を模索する

組織が大切にすることは、それぞれにあります。自社が目指したい方向性と照らし合わせながら社内制度やルールを整備し、自社に最適な働く環境をつくりましょう

 

組織と個人との新たな関係性を構築する

Web制作に関わる事業の他に、2022年6月から地方企業向けの中堅や幹部候補、DX推進人材を中心とした人材紹介サービス「リーピー・HRキャリア」を開始しました(05)。採用専用サイトの制作依頼は増えていますが、地方ではより採用が難しくサイト制作の支援だけでは解決しないと感じたからです。大手の人材紹介会社は地方に支社がなかったり、あっても都市部だけだったりします。そのため、例えば岐阜の求職者には名古屋の採用情報が紹介されがちで、岐阜などの地方企業は登録しても紹介されない状況があります。そうした問題を解決するために、弊社が直接人材を紹介しようと考えました。ニューノーマル時代で移住に興味を持つ人も増えてきたので、東京などから移住して地方で働きませんか、という提案もしています。

さらに近い将来の展望としては、弊社の強みである採用とマーケティングの分野において、BPOサービスの提供を考えています。その2つはとても専門性が高いので、地方企業が自社でやっていくのは難しいです。企業としては物をつくって販売することなどが本業のため、マーケティングや採用は大事な業務にも関わらず管理部門の人が片手間にやらざるを得ない状況であることも少なくありません。しかし、それが企業の成長を遅らせる原因になっている面もあります。であれば、弊社のような専門スキルを持つ会社に外注していただくという世の中の流れになっていくのではないかと考えています。

そもそもWebサイト制作と人材ビジネスはとても相性がよいです。制作時に「会社の未来をどうしていきたいか」「そのためにはどういうポジションの人材が必要か」といった話も聞きますから。これらの事業もみな、「地方の未来をおもしろくする」というビジョンに基づいています。地方企業を盛り上げるには、その街で働く人を増やして人口流出を防がなければなりません。そうしないと、地方はどんどん衰退してしまいますので。

05 未来を見据えたクリエイターの働き方を考える

例えば、副業を積極的に容認する、フリーランスだけれど以前所属していた企業と建設的な関係性を継続するなど、多様な制度や仕組みがあると、1クリエイターにとっての働きやすさにつながったり、会社側・組織側への魅力にもなるはずです

 

Text:遠藤義浩
Web Designing 2023年2月号(2022年12月16日発売)掲載記事を転載

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