主語は実に繊細なテーマだが一方で日本語では割愛も可
「象は鼻が長い」し、「岡編集長は鼻がでかい」。この「~は~が」構文については、触れたくないです。「象鼻文」とも呼びます。「象は鼻が長い」という文章の「主語」は何かという問題で、難しすぎるのです。主語は「象」であり、「鼻が長い」を一つの述部として見るのか。それとも「鼻」が主語であり、述語は「長い」、そんでもって「象は」は「主題」とするのか。これは、日本語研究者の中でも論争が起こっている文章なのです。
「象の鼻は長い」はといえば明確ですが、「象は鼻が長い」と「象の鼻は長い」では、微妙にニュアンスが違います。前者は「象っていうのは、鼻が長いんだよ」というカテゴリ的な印象がありますし、後者は「一方でサイの鼻は短い」と続きそう、すなわち、「長い」にフォーカスした文章に感じます。「象の鼻が長い」、これもまた違うでしょう。例えばあなたがニューヨークで日本語を教える先生として、この3つを英語圏の生徒に教えるとしたら、どうでしょう。私なら、もう象という動物を知らない日本人を装います。日本語の主語というのはかくも複雑怪奇。ですから、今回は「我々はそんなこと考えなくてよい」ということを言いたいです。誤解されなければOK。これが、本連載で貫いてきたスタンス。もしあなたが「象が鼻は長い」、もしくは「象は鼻の長い」と言い出したら黄色信号ですが、それ以外は大丈夫。「なんかちょっとずつ雰囲気違うよね」くらいで捉えておきましょう。
問題は、そこではありません。編集者として人の文章に赤字を入れる際、とにかく気になるのが「主語と述語の関係性」。日本語は、「主語」の省略が許される文章です。これは日本が「場、空気」を重視するハイコンテクストな文化であるため。「あー腹減った。昼、中華にしようよ。混んでるかもしんないけど」。大体こんな感じで、「あー私は腹が減った。昼、私たちのランチはいつもの中華にしようよ。そのお店は混んでるかもしんないけど」なんて言わないでしょう。主語が省略されがちだから、「主語と述語の関係」がねじれたりするわけです。
ついつい勢いで前にある述語を主語にしがちな罠
まず例文をひとつ。松井は、よく文章に関する原稿を執筆しているが、つまらない内容だ。
どうでしょう。松井を知る人からすると「そう! つまらないんだよ!!」と膝を打つことでしょう。でも文章としてはいかがなものか。この文章、主語は言うまでもなく「松井」という固有名詞。それに助詞の「は」がついている形です。それに対して述語は「執筆している」。それも間違いないでしょう。では「つまらない内容だ」は何か。それは「原稿」が「つまらない」ということでしょう。〇松井は、よく文章に関する原稿を執筆しているが、それは(その原稿は)つまらない内容だ。すなわち最初のNG文は「松井は」→「つまらない内容だ」と読め、「主語との述語のねじれ」が発生してしまっているのです。2つめの主語が省略されている、と考えられないこともないですが、日本で主語を省略していいのは、複数の述語に対し、「同じ主語」の場合。〇松井は、よく文章に関する原稿を執筆しているが、つまらない人間だ。これならいいわけです。良くないけど。
もう少しややこしい例文を。
【×】ワン・パブリッシングは、このコロナ禍の状況でコンテンツを適切にユーザーに届けるべく動画配信事業をスタートし、雑誌事業にとって代わるひとつの柱にまで成長した。
「ありそう」な文章ですよね。しかし、主語「ワン・パブリッシング」に対し、「ひとつの柱にまで成長した」はズレてますよね。正しくはこうです。
【〇】ワン・パブリッシングは、このコロナ禍の状況でコンテンツを適切にユーザーに届けるべく動画配信事業をスタートし、雑誌事業にとって代わるひとつの柱にまで成長させた。
主語と述語が揃いました。でも、長いですよね。2文にしたらどうでしょう。
【〇】ワン・パブリッシングは、このコロナ禍の状況でコンテンツを適切にユーザーに届けるべく動画配信事業をスタート。この新事業は、雑誌事業にとって代わるひとつの柱にまで成長した。
これが、エクセレント。主語と述語のズレがなく、誰の理解も妨げないスタイルになったと思います。え、岡編集長? 岡編集長は、歴史ある媒体の編集長をしているが、すごい人気だ。これは混乱を招きます。岡編集長は、歴史ある媒体の編集長をしているが、その雑誌はすごい人気だ。誤解のないよう、丁寧に行きましょう。
「主語」を省略していいケース
主語が同じ文章では、二回目の主語を割愛してよい
日本語における「主語」は、文脈で内容が「わかるなら」省略していいものです。簡単に言えば「あ~すげー腹減った!」で、十分「誰が減っているか」わかりますよね。英語だったら「I’m so hungry!」で、主語は残るわけです。同じことで、一つの主語に複数の述語が続く場合も2回目の主語は省略可能。その際の「ねじれ」には注意しましょう。