NECと住友ゴム、人による定性評価を分析しタイヤ設計の改良案を提示するAI 事例詳細|つなweB
NECと住友ゴム、人による定性評価を分析しタイヤ設計の改良案を提示するAI

住友ゴム工業とNECは11月15日、タイヤ開発における熟練設計者のノウハウをAI化した「匠設計AI」の開発を発表した。

同日には、両社が共同開発したAIの詳細と開発に至った背景に関する記者説明会がオンラインで開かれた。

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AIは全部で3種類で、タイヤの開発工程における改良案を提示する「目標台上特性値AI」と、改良案に基づいた最適な仕様を提示する「最適仕様提示AI」、AIが考案した改良案に至る思考プロセスを可視化する「グラフAI」となる。

住友ゴム工業はまず、同AI群を二輪車向けのタイヤ開発に利用し、2023年以降には四輪車向けのタイヤ開発にも適用させる。

将来的には、タイヤの素材の配合設計や分析データの解析、タイヤの製造工程にも同AIを適用させ、2030年頃を目途に「タイヤ開発AIプラットフォーム」としてシステム構築を目指す計画だ。
開発効率化と「失敗から学ぶ」人材育成のためにAI導入

従来から住友ゴム工業では、タイヤの開発において開発の流れや定型業務について、手順書やマニュアルの利用や、自動化の活用など作業の効率化を進めてきている。

だが、目標性能を満たした製品の開発にあたっては、テストドライバーが実車にて試作品の性能を評価する官能評価(人の五感を利用した評価)や、目標値を達成できる仕様の検証・シミュレーションなど、熟練技術者の経験とノウハウに頼って何度も検証が繰り返される工程が存在する。

そうした工程における作業の効率化・自動化と、熟練設計者から若手設計者へのノウハウ伝承を目的に、今回のAIが開発されることになった。

住友ゴム工業 タイヤ技術本部 技術企画部 担当部長 原憲悟氏は、「官能評価は熟練の設計者とテストドライバーのコミュニケーションにより成り立っており、ドライバーのコメントから課題の原因を特定し、原因を改良する仕様を検討する。だが、ライダーによって運転時に感じる現象の表現が異なり、擬音が登場することもあり、これまで体系化が困難だった」と振り返った。

当初はチャットボットを活用して、若手設計者の疑問点などに回答するシステムを構想したが、単純な質問でも5500通りの回答が出てきて、開発が現実的でないため最終的にAI活用に至った。

住友ゴム工業では、開発期間短縮と費用の削減が目標とされる中で、現場での若手・中堅社員の成長の鈍化を感じていたことが、今回のプロジェクト始動の遠因になったという。

AI活用を提案した住友ゴム工業 タイヤ技術本部 技術企画部長の山本卓也氏は、「現場にヒアリングしてみると、トライアンドエラーが発生すると、開発期間や費用がかかるため、失敗させないようにしているという実態が見えてきた。一方で、ベテラン設計者からは『失敗させて学ばせないといけない』と声を聞き、失敗から学ぶをAIで実現できないかと考えた」と明かした。

熟練設計者のノウハウ・思考プロセスをAIで見える化

目標台上特性値AIでは、システムにタイヤの官能試験の評価コメントと細かな評価項目を入力することで、課題の原因となる仮説が複数提示される。さらに、「仮説を絞り込むための質問」に回答することで仮説の肯定/否定が行われる。

肯定された仮説と試験で得られた台上値を比較し、設計者は「肯定できる仮説で提示された改良案」を開発工程で実施する。

「例えば、RSTDというタイヤに対して、『中キャンバー以降のキャンバーばねが低くなっている』という仮説が肯定できた場合、AIが提示するキャンバー角30°のばねを2.5%、40°と50°のばねを5%上げるという改良案を設計者は実施する」と原氏は解説した。

最適仕様提示AIは、目標台上特性値AIで提示した改良案を基に逆解析を行い、目標台上値を達成するための仕様に必要な項目を、優先度が高い順に提示する。同AIはまだシステムに実装されていないため、最適仕様の項目はCSVファイルに出力される。

AIの開発にあたっては、まず、目標台上特性値AIの開発に着手。住友ゴムの熟練設計者とNECのデータサイエンティストが共同で、官能評価の解釈に関するコミュニケーションをAIが学習できるデータへと体系化した。

グラフAIは、NECのグラフベース関係性学習が基となっている。同AIは現在、実証実験中で、他の技術アプローチも含めて開発工程への適用を検討中だという。

グラフAIの開発では、過去の1000件のタイヤ開発に対して、「課題の要因やそれが起こった仮説、改良案にたどり着くまでの考え」を住友ゴム工業の原氏にテキスト化してもらい学習データとして利用している。

AIが答えを導くプロセスを人が理解できない、また、技術革新がある中でAIの効果を何年にも渡って維持できないなど、AIで技能伝承することに対する不安があるものだ。

NEC AI・アナリティクス事業統括部シニアエキスパート 近藤節氏は、「グラフAIは説明可能なAIであり、熟練設計者が答えに至るまでの思考プロセスを見える化できるだけでなく、思考プロセスを他の設計者が参照することで人材育成の効果も得られる。また、育成された設計者がAIと共生していくことでAIの効果を将来にわたって維持できる」と語った。

匠設計AIでは、日常でのAI利用で得られた結果をフィードバックできるようにしており、学習データの更新も適宜行っていく予定だという。

また、住友ゴム工業とNECは、自動車に関連するさまざまな分野での新技術の導入を見越して、あらたなデータセットの検討も開始しているという。

NECは今後、AIの開発プロセスで得られたハウツーをテンプレート化して、熟練技術者からの技能承継が課題になっている製造業などにサービス提供していく構想だ。AIのサービス提供にあたっては、企業の利用形態に合わせて料金体系を決定していくという。

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