UXデザインの出発点、間違っていませんか?
コンテンツは「誰に」「どのように」伝えるかが大切。UXデザインを考える上では、その「誰」と「どのように」が正しく設計できている必要があります。ここでは、そんなターゲット&コンテンツ設計で陥りがちな落とし穴を確認していきましょう。
ターゲット設定にありがちな落とし穴
ターゲットと利用者はイコールとは限らない
多くの企業でアプリやWebサービスのUXコンサルティングに携わってきた、フェンリル株式会社の中村康孝さん。新しいサービスの立ち上げなどの際は、まずクライアントに「誰がターゲットなのか」を確認するケースも多く、その時によく言われるのが「老若男女すべてです。うちはターゲットが広いので」という回答だそうです。しかしこの回答、クライアントが述べているのはあくまで「利用者」であり、それがターゲットとは限らないと中村さんは指摘します。WebサービスにしてもWebコンテンツにしても、何か新しいものをつくる上では、漠然とした利用者全体を対象にするのではなく、ターゲットを絞り込むことで企画やコンテンツが明確になるのだと言います。
同時に中村さんは、「核となる利用者層が必ずしもターゲットとは限らない」とも指摘します。多くの企業は、自社商品・サービスの利用者属性を把握しており、そのうちもっとも厚みのある部分をターゲットに設定しがちです。しかし、それは裏返せば、利用者層に偏りがあり、未だ訴求しきれていない部分があるとも言えます。訴求できていなかった部分をそのままにしておいていいかどうかの議論をせず、安易に強い部分だけを伸ばそうとするのが、果たして正解なのでしょうか。ターゲット設定ではこうした検証も必要になってきます。
もちろん、議論した上で強みを伸ばす施策に落ち着くこともあります。多くの場合、弱い部分を伸ばすことより強みを活かすほうが効果が上がりやすいからです。しかし最終的にそうなったとしても、ターゲットを決める前にしっかりとした議論を行うのが肝心です。
[Point]
(1)幅広い利用者の中から「ターゲットを絞り込む」ことが肝心
(2)「強み」を伸ばすべきかどうかは議論が必要
年代や性別だけでターゲットを決めていないか
ターゲット設定を行う際には、「30代の主婦」や「40代の男性会社員」というように、年代や性別、あるいは職業といった情報でセグメントしてしまうことが多いのではないでしょうか。こうした「デモグラフィック」な属性が、マーケティング分析などで重要な要素となるのは間違いありません。しかし中村さんは、ことコンテンツやユーザーインターフェイスを設計する上では、こうした属性を元にしたターゲット設計が先に立ってしまうと、うまくまとまらないことが多いと注意を促します。
「一口に30代主婦といっても、その30代主婦が興味のあるものは…と考えていくと、人によって答えは千差万別です。社内ミーティングでも、参加している人それぞれが異なる『30代主婦』像をイメージしながら話すので、結局意識の共有ができなくなってしまいます」
では、ターゲットはどのように決めるのが良いのでしょうか。中村さんは、「『◯◯する人』というように、行動によってターゲットを決めることが適切」だとアドバイスしています。
例えば、衣類用洗剤メーカーが手がけるコンテンツでは、「30代主婦」というようなターゲット設計ではなく「ほぼ毎日洗濯をする人」をターゲットとして考えるのがいいでしょう。そこから「ほぼ毎日洗濯をする人は、どのようなことに困っているだろうか」「洗濯している間や洗濯した後にどんな行動をするだろうか」とターゲット像を掘り下げられるようになるのです。
話を進めていく上で、「ほぼ毎日洗濯をする人」に30代主婦が多いという結果が出てきたら、そのときに30代主婦の興味あるメディアなどを調べるといいでしょう。年齢や性別といった属性情報を考えること自体に問題があるわけではなく、先に属性でターゲットを考えるとコンテンツ設計にブレが生じやすい、というのが中村さんの指摘です。自分たちのコンテンツのターゲットは誰か、このアドバイスを元に改めて考えてみてはいかがでしょうか。
[Point]
(1)同じ年代・性別でも行動や考え方は千差万別
(2)「◯◯する人」と考えることでターゲットがハッキリする
年代や性別だけでは同じターゲット像を共有できない
ターゲット像は全員で話し合う
Webサイトに新しいコンテンツやコーナーを立ち上げるといったケースでは、たいてい核となるスタッフが企画立案を行い、その骨子をまとめることになると思います。「担当スタッフは、企画書の中に自らが想定するターゲット像を盛り込み、ミーティングで発表する。そしてミーティングで、どのようなコンテンツが考えられるか、アイデアを出し合っていく…」。このような流れで適切なターゲット設計やチーム間の共有ができるのでしょうか。
「ターゲットは、制作に携わるメンバー全員でつくり上げることが理想的」だと中村さんは指摘します。
中村さんも、クライアントワークの中で企画書にターゲットを書き込むことがあるそうですが、それはあくまでも「叩き台」であり、決定事項として載せるようなことはないといいます。
そもそも、ターゲット設計から外部のコンサルタントに頼ろうとしても、外部スタッフが持っている情報は限られてしまいます。一方、日頃から商品を開発している社内の人や販売をしているスタッフなら、顧客に対してより多くの情報を持っているはずです。そうした人たちの知識や意見をヒアリングし、ユーザーがどのような課題を持っているのかを考えてターゲットを設計していかなければ、ただの「絵に描いた餅」になってしまうでしょう。
また、コンテンツの制作には多くの人が関わるはずです。指揮をとるディレクター、コンテンツを書くライター、デザイナー、Webエンジニアなど、役割もさまざまですが、その全員でターゲットを共有しておかなければ、つくるものの方向性が定まらなくなってしまうでしょう。
ターゲット像をどこまで具体的に落とし込むかは、最終的にどのようなコンテンツをつくり上げるかによって変わってきます。しかし、いずれにしても全員で同じイメージを共有しておかなければ、最終的なコンテンツに落とし込んだときにブレが生じてしまいます。もっとも根幹となる部分だけに、おろそかにしないことが肝心です。
[Point]
(1)企画書のターゲットはあくまで叩き台
(2)全員でイメージすることで、アウトプットにブレがなくなる
ターゲットは一人のデスクワークだけで決まらない
ターゲットを設定しすぎるのはNG
「ターゲットは、1つに絞り込めるのがベスト」と中村さんは主張します。
コンテンツを提供する側は、なるべく多くの人に届けたいという思いから、あんな人にも、こんな人にも…と、たくさんのターゲットを設定してしまうかもしれません。しかし、ターゲットというものは、増えれば増えるほど設定した意味がなくなってしまいます。
1つのターゲットに絞り込めなくても、2つか3つくらいまでにとどめておくのが理想的です。その際も、メインターゲット、サブターゲットというように、優劣をつけるようにすれば、ブレの少ないコンテンツがつくり出せるでしょう。
また、どのようなコンテンツをつくり上げるかにもよりますが、ターゲットを決める上では、より細かな人物像に落とし込んでいく場合もしばしばあります。「◯◯する人」というようにターゲットを行動で考えていったとしても、例えば「ほぼ毎日洗濯をする人」というだけではまだターゲットの輪郭がハッキリしません。そんなときは、根幹となるフレーズを起点に、ターゲットがどのような課題を抱えているかなどを掘り下げていくといいでしょう。
「家族が多くて、何度も洗濯機を回さないと追いつかない」「天気が悪い日には洗濯物がなかなか乾かない」といった課題を考えていくことで、だんだんターゲットが具体的になっていきますし、ストーリーも見えてきます。中村さんがターゲットを考えるときは、このようにストーリーに落とし込んでいくことが多いのだそうです。
また、このようにストーリーでターゲットを考えていくと、コンテンツ制作に関わっているチームの共感が得やすいというメリットもあります。描いたストーリーをチームの全員がイメージできれば、その後のコンテンツづくりにもブレが少なくなりますし、「そのストーリー設定には無理がある」と誰かが思えば、どのようなストーリーならしっくりくるかを話し合うことでターゲット像が明確になっていくでしょう。
[Point]
(1)ターゲットは増えすぎると設定した意味が薄まってしまう
(2)ターゲットの掘り下げはストーリーで考えると共感を得やすい
増えれば増えるほど、ターゲットを設定する意味が薄れていく
出典:Web Designing 2018年6月号(マイナビBOOKSに移動します)