人と共に、育ってゆくAI。老舗グループ企業のチャットボット運用 事例詳細|つなweB

AIを通じた業務体制の改善で業務効率アップを目指す

遠鉄グループ(以下遠鉄G)の従業員数は、1万人を超える。グループ全体が手がける事業は、静岡県浜松市を中心に運輸、不動産、保険、介護、百貨店、観光、レジャー…。多岐にわたるからこそ、決して未来を楽観視していない。

強い問題意識の現れが、AIを搭載したチャットボットの導入へとつながったのだ。

「特に国内の地方都市は、将来の人口減少が危惧されていますが、浜松市も例外ではありません。加えて、働き方改革を求められる昨今、業務効率は強く問われることです。少しでも業務効率化を促し、“ここぞ”という場面に人的なリソースを注げるようになるには、AIのような新技術を通じた根本的な現状打開が急務、と考えたわけです」(赤星彩さん、以下同)

2017年時点でAIとは無縁という遠鉄Gは、導入ありきで進めずに、まず「AIを知る」ことから調査を開始。グループ全体に目を向けるべき部門でもある経営企画部に白羽の矢が立った。

担当者となった赤星さんが着目したのがAIの得意領域。「画像認識」「音声認識」「言語処理」「分析予測」という4分野の中から選択したのが、言語処理を活かした「チャットボット」。

「お客様と接する業務が多いだけに、問い合わせ対応に活かせるツールを選び出しました」

 

決め手となったのは仕組み! 自走できて自由度があること

チャットボット導入への動きを継続化した結果、この7月、遠鉄G運営の遊園地「浜名湖パルパル」の公式サイトにチャットボット「パレオに質問!」を公開。この社外向けサービス実現の前に設けたのが、社内での実証実験期間だ。

「ゴールは一般のお客様へのサービス提供ですが、成果の確証がないと予算が立てられません。実証実験としてヘルプデスク用のチャットボットを開発し、成果の有無をみることにしました」

遠鉄Gには数多くの部署/部門があるだけに、部門間の無数にある問い合わせがチャットボットで改善されれば、大きな効果となる。

「社内の問い合わせに対応するヘルプデスクはあるものの、主業務でない社員が直接対応するケースもそれなりにありました。質問は基本的な内容も多く、何度も同じ質問を受ける社員には負担が集中します。基本的な質問をチャットボットで、しかも24時間365日対応できれば、相手を気にせずに何度も質問でき、ベテラン社員への負担も軽減できます。まずは我々の部署への質問をなくす取り組みとして、IT関連全般への問い合わせをチャットボット化しました」

並行して行われたのが、AI技術やチャットボット、パートナーの選定だ。遠鉄Gが選んだのは、自然言語処理を得意とするIBM Watsonを標準搭載、アイアクト社が開発するチャットボット「Cogmo Attend(コグモ・アテンド)」である。

「自走できて、自社の都合が反映しやすい自由度のある仕組みかどうか。あとは、初期費用に加えて月額の運用コストが現実的かどうか。両者をバランスよく実現できる相手を選べば、遠鉄G内で横展開もしやすいと判断しました」

置かれた状況や予算は、各社で異なるが、こうした自社を巡る状況や希望を加味した判断基準の立て方は、参考にしたいところだ。

 

チャットボット導入の成功には周知徹底が不可欠

社内導入における問題点を整理したら、チャットボットの根幹を担う「具体的なQ&Aリストづくり」を行った。遠鉄Gでは、先に40問をアイアクトに用意してもらいながらレクチャーを受けた後、追加の80問を自社で用意した。

「自社でQ&Aリストを設定できると、AIそのものがブラックボックス化しないメリットもあります。Cogmo Attendは裏側の仕組みがわかりやすいので、納得しながら開発できました」

開発初期は赤星さん単独でQ&Aリストづくりに奔走。特に気をつけたのは異なる言い回しで、チャットで使われる可能性が高い単語を推測し、質問文へと盛り込んでいったという。

「開発を進めたからこそ、得られた知見が多々あります。例えば、1文に動詞が2つ以上出てくるような文章や、“てにをは”の扱い方がWatsonは苦手です。また、チャットの画面でも、会話のように文章で聞いてくれる人だけではなく、単語だけで聞いてくる人も多数いらっしゃいました。社員の反応の数々は知見として貯めておけるので、将来的な対外向けサービスのノウハウづくりにも役立てることができます」

グループ規模が大きいからこそ、社内向け施策ながら、社外向けのような告知を心がけたそうだ。社内のデザイナーの協力を得て、オリジナルキャラクターや告知画像も制作。赤星さんも社内での認知の拡散に尽力してきたという。

「社内利用が活発になると、会話データが貯まりやすいので、ボットの精度向上にもつながります。導入を成功させたいなら、周知徹底することとはセットで考えるべき、と痛感しました」

導入から1カ月、会話データが貯まり、精度向上への手応えをつかむと、次に人事部門や総務部門、クレジットカード関連といった、別カテゴリのチャットボット開発にも着手していった。

 

範囲を絞って開発したほうが精度の高いチャットボットになる

社内の実証実験を始めて約1年。大きな手応えは精度向上のためのコツをつかんだことだ。

「導入によって、当初想定していなかった質問にも遭遇しました。だからこそ、そこを追いかけすぎない。1つのチャットボットに何でも対応させすぎず、カテゴリを絞って開発したほうが精度が向上しやすいことがわかってきたんです」

導入に迷う読者には、導入前の社内のAI理解が皆無、というこの事例は、自社に置き換えて考えやすいケースではないだろうか? そこで赤星さんには、導入前後でのAIへの見解に変化があったかを尋ねると、「AIは自分で勝手に学習する、という認識が改められた」と語る。

「当初“AIは自ら学習する”というイメージがあったので、ユーザーの質問を自動で学習するのかと…(笑)。もちろんそうではなくて、答えられない質問は、まだまだ人の手で“どの回答で応じるか”を設定する必要がある、とわかりました」

もう1点、リストづくりで問われる「言葉のセンス」が担当者には必須、とも話してくれた。

「ユーザーの状況を想定して、言葉を組み合わせて質問がつくれるか。読みやすい回答を用意できるか。実はこの質問とその回答がつながる、といった柔軟な判断ができるか。単純な語彙力の有無ではなくて、細かな言い方や言い回しに配慮できるかが、ユーザーにとって使いやすいチャットボットになるかどうかにつながります」

もともと赤星さんはエンジニア出身。だからこその実感も教えてくれた。

「プログラムを組む場合は、必ず設計どおりに反応するはずが、AIだと予期しない反応が返ってくることもあります。開発過程は、そうしたズレを楽しめる気持ちの余裕も持つ必要があります。私がAIと対峙する際は、塾で子どもたちに勉強を教えるような感覚を意識しています」

 

将来的にグループ内での設置の拡大(横展開)を目指す

社内向けで着実に開発の知見を貯めた段階で、遠鉄Gで初の一般顧客向けチャットボットをリリースした。「浜名湖パルパル」公式サイトでの設置は、すでに触れてきたとおりだ。第一弾を遊園地サイトでの実装としたのは、リアルな現場で得た社員の実感を尊重したからだ。

「経営企画部の面々も、たまにヘルプで現場に立つと、お客様から何度も同じような、基本的なお問い合わせに遭遇します。夏の時期なら、日傘はプールに持ち込めますか、といった質問が開店から閉店まで、ひっきりなしに続きます」

以前からサイトにQ&Aページを設けていたが、問い合わせフォームからの問い合わせが多かった。そこにチャットボットを導入できれば、スマホでサクッと調べられて、電話やメールという心的負担がかからず、人目も気にせず聞きたいことが聞ける顧客ファーストな状況をつくれる。

「現状は回答の精度向上が喫緊の課題ですが、今後どんどん社外向けの知見、会話ログが貯まっていくので、もっと複雑な場面が想定される事業向けにも意欲的にリリースしたいです」

「パレオに質問!」を試すと、パレオというキャラクターの個性やファミリー層を中心とした顧客像を意識した、やわらかな語りかけの文体が印象的だ。今回の取材時点では運用してから1カ月も経っていない状況だったが、1日あたりの想定入力数を大きく超える利用が続いている。

遠鉄Gが幅広い業種、業態を持つだけに、早くも期待されているのが、別業態向けで第二弾チャットボットのリリースである。

「第一弾は有人切り替えに対応していないので、早く対応できるボットもリリースして、別の知見を重ねたいです。他にもお客様に直接向きあえる営業パーソンの代替ができるボットだったり、事業特性にあわせた横展開が次の目標ですね」

 

 

遠藤義浩
※Web Designing 2018年10月号(2018年8月18日)掲載記事を転載

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