仕事で使える生成AI「Adobe Firefly」は権利問題とどう向き合っているのか 事例詳細|つなweB

これまでベータ版だった「Adobe Firefly」が正式にリリースされ、仕事で使える生成AIとしての第一歩を踏み出しました。制作者として気になるのはFireflyで何ができるのか、そして生成した画像が仕事で使えるのか、という点でしょう。その疑問をアドビに直接ぶつけてみました。

 

阿部 成行さん
アドビ株式会社 GTM・市場開発部 プリンシパルBDM/アルダス、マクロメディアの日本法人の立ち上げに参画し、クリエイティブテクノロジーの発展と普及を通してブランドコミュニケーションの変革を支援。現在は生成AI、XRといった最新トレンドとデータを融合させた新たな顧客体験ビジネスの市場開発を担当する。

 

Part1 驚きの機能と実用性 Adobe Fireflyの実力

WD いよいよ一般公開されたアドビの生成AI「Adobe Firefly(以下本文では「Firefly」と記す)」。今日はその中でも特に気になる点について、アドビの阿部成行さんにうかがおうと思っています。

阿部 Fireflyを長く身近で見てきた私ですら、最近の急激な進化には正直驚いているのですが(笑)、頑張って回答しますので、なんでも聞いてください。

WD まず伺いたいのはPhotoshopの「生成塗りつぶし」やIllustratorの「生成再配色」です(右上図)。いずれも適用したい領域を指定して指示するだけで、Fireflyが機能して、周囲にマッチした画像をつくってくれたり、着彩してくれたりします。これまでの生成AIとは全く違うAIの利用法ですが、なぜこのようなアイデアが生まれたのでしょうか?

阿部 Fireflyは、画像を生成するような単独の利用だけでなく、既存ツールの機能を強化する目的でも使えるように開発されています。そのほうが実用性も高くなるばかりか、Fireflyの実力もより発揮される。そう考えたわけです。

WD 確かに見知らぬ機能が追加されたというよりも、これまでの機能が強化された印象を受けました。

阿部 生成AIはまだまだ進化の途上。今後より実用性の高い機能を搭載していきますので楽しみにしていてください。

Fireflyの最新機能

 

 

Fireflyの生成技術は、アプリケーションの機能を強化し、効率化を高める形で搭載されています。例えばPhotoshopでは既存の「コンテンツに応じた塗りつぶし」を強化する形で「生成塗りつぶし」機能が搭載されています。なお、これら生成機能の利用にあたっては回数の制限などのルールが設けられています。確認のうえ、利用しましょう。

 

Part2 Adobe Fireflyは「著作権」の課題にどう対応しているのか

WD もう一つ驚かされたのは、Fireflyの技術を使って生成されたり、加工された画像が商用利用できるという点です。ちょうど生成AIと著作権についての取材を進めていたタイミングだったこともあり、そこにある課題※1をどう解決しているのだろう、と。 

阿部 まずお伝えしたいのは、Fireflyの企画がそもそも「誰かの権利を侵害することなく生成AIのサービスを提供しよう」というアイデアからスタートとしているという点です。というのも、私達アドビが提供しているツールはどれも、なんらかの商用利用を目的に使われるもの。それなのに生成機能だけは仕事で使えないなんてことはあってはならないだろう、と。

WD しかし著作権を侵害しないようにするにはさまざまな配慮が必要です。

阿部 ええ。そこで私達は日本の文化庁のルールでは適法とされているAIの「学習」※2を行う際にも、ストックフォトサービスであるAdobe Stockに登録されている画像のうち、著作権者から許諾をいただき「学習してもよい」とされたもの、さらにパブリックドメイン画像など、権利的に問題のない画像だけに絞り込んでいます。

WD 学習の段階から第三者の権利を侵害していない、ということですね。

阿部 さらに画像を生成する段階においては、第三者のIP(知的財産権)に抵触する恐れのあるキーワードが含まれていないかをチェックしたり、有害な画像やバイアスのかかった画像が生成されていないかを確認するための厳重なフィルタを実装しています。

商用利用を前提に設計

問題なく商用利用できるようにするため、Fireflyは「権利的に問題のない画像」、そして「透明化したデータ利用ルール」に支えられています

 

WD それでも、どこかの誰かが制作した画像と似たものが生成されてしまうこともあり得ますよね。

阿部 もちろん、私達としても「この仕組みですべてOKだ」とは考えていません。生成AIの技術は生まれたばかりで、利用するにあたっての社会的な合意を形成しているところですから、予期せぬ問題が生じる可能性もありえます。そこで現在、そうしたリスクを避けるため、2つの対策を準備しています。1つは企業向けとなりますが、Fireflyエンタープライズ版です。こちらでは他のクリエイターやブランドの知的財産(IP)をもとにしたコンテンツを生成しないよう配慮すると同時に、生成AI機能に対する補償の機会も提供します。

WD 著作権に対する考え方は国によって異なると聞きますから、特にグローバルに活動する企業にとっては利用価値が高いサービスになりそうですね。

阿部 もう1つは、画像のトレーサビリティを実現する仕組みの構築です。

WD トレーサビリティというと食品の世界などで使われる言葉ですが、デジタル画像ではどういうものになりますか?

阿部 例えば、その画像がカメラで撮影されたものなのか、AIで生成されたものなのかといった情報や、誰に権利があるのか、どんな改変が加えられているのかといった情報を改ざんできない形で埋め込み、いつでも誰でも確認できるようにすることを考えています。

WD いわば画像の来歴を管理するということですね。実現すれば権利問題だけでなくフェイクニュース対策にもなりそうです。

阿部 その仕組みを私達は「コンテンツ認証イニシアチブ(CAI)」と呼んでおり、さまざまな企業と協力しながら準備を進めています。例えばPhotoshopには、すでにCAIのデータを付与する仕組みが実装されています。

WD 今後、画像を扱うクリエイターや制作者はこうした仕組みを使って来歴を管理していくことが求められますね。

阿部 ええ。仮に何かあった場合にも、来歴をきちんと提示できれば、事態の深刻化を防ぐことができます。

CAIの確認事例

 

コンテンツ認証イニシアチブ(CAI)とは、画像がどのように生まれ、どのような経緯で利用されているのかを、いつでも誰でも確認できるようにする仕組みのこと。右下のVERIFYは、CAIを確認するためにアドビが提供するサービス(現在はベータ版)

 

Part3 Adobe Fireflyがもたらすマーケティングの効率化

WD ところでマーケティングの領域でもFireflyの生成機能は役立ちますか?

阿部 その点についても非常に大きな可能性があると思っています。その一例して、商品写真の背景を生成する事例を紹介したいと思います(下図)。

WD なるほど! Fireflyを使えば、それこそ無限のパターンを生成できますね。

阿部 ただし、ここで皆さん疑問に思うであろう点は、自社商品の写真(例ではテントの写真)をどう生成するのか、という点ですよね。先ほど申しました通り、Fireflyは企業のIPである商品写真を勝手に学習・生成することはありません。ただしそれでは不便ですので、将来的にはお客様と協力し、企業独自のアセットを使用して生成AIモデルをカスタマイズし、コンテンツの生成を可能とするよう取り組んでいます。データが一般の学習に使われたり、他者の生成に利用されるようなことはありませんので、安心して利用いただけると思います。

WD 実現するとマーケティング戦略の幅が大きく広がりますね。

阿部 ええ。「この商品は自然を背景にするとクリックされやすい」とか「色味をオレンジ系にするとコンバージョン率が高い」といったような、画像ごとの情報収集が可能になりますから、より精度の高い分析が可能になるでしょう。

WD 画像生成というとクリエイター向けのように思いますが、むしろWeb制作者やマーケターこそ注目すべきですね。阿部さん、今日はありがとうございました!

マーケティングへの応用 : Adobe Experience Cloud内への組み込み例

商品写真を用意しFireflyに学習させます。今後提供される予定の企業向けFireflyを利用すると他者が利用できない、クローズドな環境で作業を進められます
Fireflyは背景、色あい、雰囲気の異なる画像を無限に生成できます。A/Bテストや分析を繰り返し成果の上がるタイプの画像を見つけ出すことが可能でしょう
FireflyとAdobe Expressとを連携させることで見出しの生成や、書体の雰囲気や色あいを定めたデザインセットをつくることができます。バナー画像なども多様なパターンを短時間での生成が可能に

 

Text:小泉森弥
Web Designing 2023年12月号(2023年10月18日発売)掲載記事を転載