「仮説構築」と「仮説検証」で組み立てる 意思決定のためのデータ分析 事例詳細|つなweB

データ分析に基づく改善が当たり前になっている現在のWebビジネス。しかし、その分析は本当に成果につながっているでしょうか。「仮説」のあり方からデータ分析を見直してみましょう。

 

松本健太郎さん
株式会社グロースX マーケティング責任者/法学部卒業後、多摩大学大学院でデータサイエンスを学ぶ。政治、経済、文化など、さまざまなデータをデジタル化し、分析・予測することを得意とする。著書に「データ分析力を育てる教室」(マイナビ出版)、「データサイエンス『超』入門」(毎日新聞出版)など。
「データ分析力を育てる教室」
(松本健太郎著/マイナビ出版)

 

データを基にした改善とは?
GA4からSNSのダッシュボードまで、誰もがデータをもとにサイト改善やマーケティングに取り組んでいる現在。しかし、ただ数字の良かった施策を反復するだけで成長が続くわけではありません。必要なのは、「なぜ良かったか」を仮説を立てて検証し、次の意思決定につなげていくことです。

では、仮説の構築とは、また検証とは何でしょうか? データサイエンスとマーケティングの分野で活躍中の松本健太郎さんに聞きました。

 

数字だけから答えは生まれない/データ分析とは優れた意思決定を下すための手法

数字上の事実だけでは意思決定はできない

もし、ビジネスに関する膨大なデータが手元にあったとして、それを分析すれば業績に役立つ答えがすぐに出るでしょうか。もちろん、数字の集計や比較などから何かしらの事実は得られるでしょう。しかし、例えば「当社の顧客は30代男性がもっとも多く、次いで20代男性、30代女性です」と報告されても、「だから何?」と思うのではないでしょうか。これは“仮説のない検証”であり、データ分析とは言えません。

データ分析とは、特定の問題を解決するための、あるいは優れた意思決定を下すための手法であると私は考えています。蓄積されたデータから、ある目的に沿った知見を集めようとする作業とも言えます。つまり、ビジネス的な文脈をもって読むからこそデータが知見となり得るのです。

データサイエンスは数学ですが、文脈がなくては意味をなさないという意味では国語的であり、社会学的とも言えます。データが数字であることに気を取られて、この点を見落としてしまうケースは少なくありません。

データはすべての情報を表すものではないことにも注意が必要です。例えば渋谷の交差点を200人の人が歩いているとき、数値化した200という情報は現実のごく一面に過ぎず、大部分は欠落します。それを必要に応じて補い、意思決定につなげるために重要なのが「仮説構築」と「仮説検証」なのです。

仮説がなければ意思決定につながらない

データから何かがわかっても、意思決定につながらなければ単なる“数字上の事実”に過ぎない。また、データが表すのは大きな現実のうちの限られた一面のみであることに注意

 

数字の海に飛び込む前に/データ分析のプロセスに仮説が欠かせない理由

意思決定までの道のりは「仮説構築」で始まる

優れた意思決定を下すためのデータ分析とはどういうものでしょうか。そのプロセスを説明します。

まず、「問題」が存在し❶、その解決のために知りたいこと=「問い」を立てます❷。次に、問いに対する仮の答えである「仮説」を構築し❸、「データ収集」し❹、仮説を「証明」することで❺、「結論」を導き❻、最終的に「意思決定」に至ります❼(下図)。

この問いから結論までの一連のプロセスが「データ分析」です。ここには2つの側面があります。1つは問いから仮説までの「仮説構築」。もう1つは証明から結論に至る「仮説検証」です。

例えば「ECサイトへの流入が少ない」という問題に対して、仮説がない状態では「広告を増やそう」「SEOを強化しよう」「入会キャンペーンをしよう」など、文脈のない意思決定が散発しかねません。

そこで、問題に対して「流入が少ない理由は何か?」と問いを立て、「○○だからではないか?」と仮説を構築してみましょう。これなら、本当にそうなのか必要なデータを収集し、仮説が証明されたら「○○だから流入が少ない」と結論づけることができます。これによって「○○を改善しよう」と、根拠のある意思決定につなげることができるのです。

仮説構築とはある意味ストーリーづくりに近いものです。それが妄想でなく数字で検証できるものであるなら、“筋のよい仮説”と考えていいでしょう。

優れた意思決定を下すためにデータを活用するプロセス

意思決定につながる一連のプロセスが「データ分析」であり、それには「仮説構築」と「仮説検証」の2つの面がある。仮説のない意思決定は、個別の数字に対する反射的な対応になりかねない

 

「正解」で消耗しないために/クリエイティビティが可能性を拓く「良い仮説」とは何か?

良い意思決定は良い仮説から良い仮説は人の創造性から

Webに限らず、あらゆる業界がデータを保有する現在。みんながデータ分析を使えば、結論も似通ってしまうのではないかという疑問があります。実際、データそのもので差をつけることは難しいでしょう。この状況で成果の出る方向=「正しさ」を求めて分析すれば、行き着く先は狭い範囲での「正解の奪い合い」、いわば“正解の陳腐化”を招いてしまいます。

これを回避するポイントとなるのが、仮説構築です。同じデータを基としても、仮説はいくらでも構築できます。仮説は数字ではなく、人のクリエイティビティが生み出すものだからです。そして仮説が違えば、必然的に結論も変わってくるはずです。より幅広い発想を得るには、ロジカルシンキングの推論で用いられる思考法なども役立ちます(下図)。

こうしていくつも仮説を立てたら、検証する価値のある「良い仮説」を選んでいきます。まず、データ分析ですから数字で裏づけできることが前提です。次に、明瞭明快な説であることです。論理的な矛盾やその他に確からしく聞こえる説はないか考えてみましょう。

そして私が重視しているのは、その説がワクワクするか、面白そうと思えるかどうかです。「正解」を求めれば同じような結論に至りますが、「ワクワク」や「面白そう」はそこにない可能性を持ち得ます。人のクリエイティビティは、データを基にイノベーティブな発想を導く鍵になると言えるでしょう。

仮説づくりに役立つ考え方の「型」

 

 

思い込みからは逃れられない/良い「問い」に気付くための観察力と洞察力

問いの立て方を間違うと意思決定を間違う

意思決定する上で、自分はいま何がわからなくて、何がわかれば決定できるのでしょうか。この「問い」が、仮説構築の前提として非常に重要です。ところが、問いのピントがズレてしまうことが少なくありません。

「ECサイトへの流入が少ない」という問題に対して、「他社の広告予算はいくらか?」「XXで検索順位が何番目か?」を問いただしても、優れた意思決定につながりません。では何がわかればいいのでしょうか。気付きを与えてくれるのは「観察力」と「洞察力」です。

観察力とは「物事を正しく捉え、真実を見極める」力であり、先入観や思い込みを排除した見方です。洞察力とは「新しい方法で問題と向き合い解決する」力であり、要素を結びつけ、その関係や構造に気付く過程とも言えます。どちらも知ってすぐに使えるものではありませんが、訓練することはできます。

その方法の1つは「ファクト(客観)」と「オピニオン(主観)」を見極める習慣をつけること。もう1つは「ないもの思考」と「あるもの思考」で違和感に目を向けることです(下図)。

人は、思い込みや都合の良い見方でデータを解釈してしまうものです。しかし、自分が囚われている主観や違和感の存在に気付けば、別軸の視点で物事を見直すきっかけになります。複数の見方を持つことは、適切な問いの設定、および問いに対する仮説の構築に役立つはずです。

観察力・洞察力を鍛える訓練

自分が考えていることと世間が考えていることのズレを意識したり、「自分は今怒っている」といった主観を客観視して、ファクトとオピニオンを分ける訓練

 

事象を観察することで、本来あるはずのものがない、逆に本来ないはずのものがある、といった違和感に気付く訓練

 

最終的な目的は「数字」ではない/データは事実でありウソもつく背景まで含めた理解を

データの主体は誰なのか分析の主語を忘れない

最後に「仮説検証」について解説します。仮説検証は仮説構築と表裏一体であり、構築した時点で検証に必要なデータが何なのかわかっている状態が理想です。つまり、データが出れば自ずと正否がわかるという関係です。

この時、注意したいのは意図的に仮説を裏付けるデータばかりを集めてしまう行動です。これは誤った仮説を正しく証明してしまい、結果的に意思決定を誤らせかねません。そのため、仮説構築の時点で検証方法まで考えておくことが理想なのです。また、仮説が間違いであることを証明できない「反証」となるデータもあると良いでしょう。

データは事実であると同時に、ウソをつきやすいものです。下図のように、「何を1とするか」の基準が違えば数字も変わります。また、人は回答と異なった行動を無意識に取る、矛盾した存在です。データ上の数字を見るだけでなく、可能なら一次情報に触れてその背景を理解することが重要です。

それがアクセス解析データであれば、お客様が残したデータであり、分析の主語は「お客様」でなくてはなりません。CVやKPIを主語にしていては辿り着けない仮説があるはずです。お客様の実際の行動に触れ、お客様の目線でデータを観察すれば、「問い」と「仮説」のヒントが見つかるはずです。そのような視点を持って、データを活用していただきたいと思います。

いちごは何個ありますか?

半分のいちごを「1」とするか、2つあわせて「1」とするか、あるいは数から除外するかで数え方が変わる。単純に数を数えるだけの問題でも、数字が自分の考える事実と同じとは限らない
Text:笠井美史乃 Illustration:高橋未来
Web Designing 2023年6月号(2023年4月18日発売)掲載記事を転載