転職市場におけるエンジニアの定義と価値 事例詳細|つなweB

転職市場において、にわかに活発になっているフロントエンドエンジニア争奪戦。その背景や、理想のマッチングを得るための求職者・求人企業の双方のPR術について、制作・開発に特化した転職支援を行っている(株)マイナビワークスの視点で分析していただきました。

 

吉見幸浩さん
株式会社マイナビワークス エキスパートキャリア事業部 クリエイターHR統括部
https://mynavi-works.jp/
https://mynavi-creator.jp/
並木一矢さん
株式会社 マイナビワークス エキスパートキャリア事業部 クリエイターHR統括部

 

1. フロントエンドエンジニアを巡る転職市場の動向

フロントエンドエンジニアの求人が急増している

Web業界において、フロントエンド技術は今最も注目を集めているトレンドの一つです。そこで、求人・求職状況の実際はどうか、転職エージェントの視点からお話していきたいと思います。

数字データから全般的な市場概況を見ていきましょう。まず、フロントエンドエンジニアの求人状況ですが、率直に言って「ものすごく増えています」。これは直近の求人数データからも明らかで、専業の(デザイナーやバックエンドエンジニアとの兼務を除いた)フロントエンドエンジニアの求人だけでも、ひと月あたり約300件(2022年9月)の求人があります。前年の同月の求人数が約150件であることを考えると、実に190%~200%の増加率です。フロントエンドエンジニアの需要がここ一年で急速に高まっていることの証左と言えます。

これは「マイナビクリエイター」という、弊社の転職支援サービス内での数字データ(2021年9月~2022年9月調べ)ではありますが、当サービスはWebやゲーム業界に特化していることから、Web関連業界全体の傾向と捉えてよいと考えています。

しかし、ここで問題となるのが「フロントエンドエンジニア」の定義です。良いマッチングには求人側・応募側で業務イメージが噛み合っていることが必要ですが、フロントエンド領域は幅が広く、認識の齟齬が出やすい印象です。

参考に、スキル面での募集条件を見ると、HTML / CSS、jQueryや基礎的なJavaScript、WordPress等、通常のWebサイトのコーディング技術は、ある種の前提条件となっており、プラスアルファの要素が重要視されるようになってきています。その点、従来の「コーダー」レベルでの求人は減ってきているのが実情です。

そしてプラスアルファの要素というのが、いわゆるモダンJavaScriptと呼ばれるJSフレームワークを用いた開発経験です。求人企業が求める経験を人気度順に挙げると、(1)React、(2)Vue.js、(3)TypeScriptとなっています。

 

求人企業から考える真に求められているスキル

次に、求人企業の特性から、求められている「フロントエンドエンジニア」像を分析していきましょう。

求人企業の業種は、大きくは次の3つに分類されます。

(1) ITサービス・メディアの運営会社
(2) 受託制作会社
(3) ゲーム開発会社

特筆すべきは、(2)受託制作会社の内訳です。受託制作会社は、システム構築に強い会社と、デザインに強い会社に分かれますが、フロントエンドエンジニア需要が特に高いのは、後者のデザイン系の制作会社です。

この背景には、UI/UXを重視する制作案件の増加があります。UI/UXは、その概念が提唱され始めた当初は、Webデザイナーの職域に含めることが一般的でした。しかし、制作の中でUI/UXの比重が大きくなるにつれて、ビジュアル的なデザインと、UI/UXデザインは異なる領域であると認識されるようになり、従来のデザイナーとUI/UXデザイナーは別個の独立した職種として募集する動きがありました。そして現在、前述のJSフレームワークの発達により、UI/UXがフロントエンド技術と切り離せないものとなったことから、フロントエンド開発にUI/UX領域を含めるようになったと見ることができます。すなわち、フロントエンドエンジニアには、UI/UX設計の中心を担うことが期待されていると言えるでしょう。

全体でもう一つ注目すべきは、前述の(1)~(3)に含まれない「その他企業」、すなわちIT関連企業以外の、メーカー等の事業会社の求人が全体の30%程度あることです。これは企業がDXを推進する過程で、フロントエンドを内製化する動きが高まっていることに起因します。ただし、事業会社での求人は、社内のIT環境の整備を推進するCTO候補としての働きが求められているため、採用ハードルとしては高いのが実情です。テックリードやマネジメントの経験があり、ステップアップを考えている方には有力な選択肢の一つと言えそうです。

 

フロントエンドエンジニアの求人状況

求人件数は倍増している一方、React等のJSフレームワークの利用経験は必須に。特にUI/UX領域でのスキルについて企業のニーズが高まっています

 

高待遇ではあるけれど… 業務内容の相互理解が重要に

待遇面からも、フロントエンドエンジニアに向けられる期待値の高さを伺うことができます。以下、関東首都圏での求人条件ということで見ていきます。

まず、フロントエンドエンジニアへの提示年収ですが、直近では、中央値平均は540万円、下限平均も442万円と高水準のオファーが続いています。エンジニアの転職の場合、スキルや実績によって具体的な金額にはかなり幅があることが一般的で、上限平均は800万円、CTO候補の場合はそれ以上の提示であることも多くなっています。

また、前職からのアップ額で言えば、同じフロントエンドエンジニア職からの転職の場合、およそ70万円アップとなるケースも多く、それだけ即戦力となるフロントエンドエンジニアを求める企業が多くなっていると見ることができます。

Web業界での他職種の提示年収の中央平均値を見てみると、デザイナーは420万円、ディレクターも448万円となっており、これらのWeb制作や開発に関わる中心的な職種と比較しても高額な年収提示であることから、フロントエンドエンジニアに向けられる期待の大きさが見て取れます。

しかし注意してほしいのは、高待遇であるということは、企業の利益へのより直接的な貢献が求められるという点です。やや高騰傾向にある求人相場においては、求職側・求人側ともに漠然とした「フロントエンドエンジニア」の定義で転職・採用を行うと、不幸なミスマッチを招くことにつながります。提供できる価値/求める成果を互いに明確にすることが、理想的なマッチングを成功させる上では重要です。

 

給与水準と求められる役割

現況としては、フロントエンドエンジニアの売り手市場とも言えます。しかし、求職者側もその状況に慢心せず、企業の求める適正な「価値」を打ち出していくことが求められています

 

POINT?
求人件数・年収提示額ともに上昇傾向。業務内容の明確化が急務に
POINT?
JSフレームワークの使用経験は必須に。特にUI/UX設計のスキルに期待が集まる

 

 

2. 採用される求職者になるための求職活動

具体性を盛り込む採用される自己PR術

フロントエンドエンジニアの求人が急増しているとはいえ、求められるレベルが下がっているわけではありません。求職者としては、これまで以上に、自分の価値を明確にアピールしていくことが必要になっています。採用されるための具体的なポイントを見ていきましょう。

転職における一般的な心構えになりますが、まずは、実績の棚卸しです。そして将来的な目標と、そこに至るまでの課題(獲得すべきスキルや経験)をロードマップとしてまとめ、明確化・言語化することが重要です。実績を客観視する際は、弊社の「MATCHBOX」のような、ポートフォリオ作成サービスを活用するのもおすすめです。

書類選考の段階では、(1) 開発経験・スキルのPRが重要です。特にエンジニア転職では、GitHub等で自分の作成したコードを意欲的に更新するとよいです。実際のコードのクオリティもわかりやすく、また情報共有の姿勢そのものも好印象になります。

その他、(2) コミュニケーション等の一般的スキルや(3) コスト意識・マネタイズの観点も評価の対象となります。職務経歴書等では、単に関わったプロジェクトを羅列するのではなく、チーム開発で果たした役割や、参加した案件ではどのような課題・ユーザーのメリットを意識しながら業務にあたったかを記載することが大切です。

面接段階では、考え方ややる気を問われます。そのため、フロントエンドエンジニアとしての決意や目標、現実と目標の間にある乖離をどのように埋めていこうと考えているかを、自分の言葉で伝えられるようにしておきましょう。

未経験からのエンジニア転職は、不可能ではないですが、決して簡単な道ではありません。実績としてスクールの卒業課題だけでは難しく、自主的に作成したプロダクトや、有償案件を「達成」した実績が複数必要です。また、年収ダウンや職場環境の変化といった、マイナス面を受け入れられるかも十分に検討しましょう。

 

目標に至る道筋を明確にする

 

 

フロントエンドエンジニアの3つのキャリアモデル

クリエイティブ職のキャリア形成は必ずしも一本道ではなく、特に急速に職域が変化・拡大しているフロントエンド領域では、自分なりの「フロントエンドエンジニア」像を定義し、進路を選んでいく必要があります。

一般的なキャリアプランとしては、次の3つに分類されます。

(1)ゼネラリスト型
フロントエンドから関連領域へと、キャリアを横展開していく方法です。現時点で多いのは、フロントエンドからバックエンドやインフラへと守備範囲を広げて、いわゆるフルスタックエンジニアになるケースです。また、フロントエンドとUI/UX領域の近接・融合が進んでいることから、今後はデザイン・ディレクション方面に広げて、プロダクトマネージャー(PdM)等を目指すケースも増えてくるでしょう。

(2)マネジメント型
管理・経営方面に成長していくルートです。一般的には、バックエンド等の開発面の知識を一通り身につけた後、テックリードや組織運営を経て、CTOを目指します。

(3)スペシャリスト型
フロントエンド領域のトップランナーとして技術を追求していくルートです。しかし、日々刻々と変化するフロントエンド領域は、キャッチアップ量の膨大さや新技術ネイティブとの競合等、目指すには困難も多いと思われます。

フロントエンドエンジニアは、カバーする領域が広い分、定義が曖昧で悩ましい側面もあります。しかし、だからこそ面白く、さまざまなキャリアプランを描ける職種でもあります。実績を基軸に、成し遂げたいこと・目指す自分像を随時アップデートしていきましょう。

 

キャリアアップモデルの類型

 

 

POINT?
スキルのPRには、制作物や背景を添えて説得力を持たせよう
POINT?
自分なりのキャリアイメージと方針を持つことが転職成功のカギ

 

 

3. 選ばれる企業になるための採用活動

企業も自社PRがマスト! 人気企業に見られる特徴

冒頭で見たように、フロントエンドエンジニアの需要は高騰しており、企業側の獲得競争も激しくなっています。本当に欲しいエンジニアを採用するには、企業側もまた、「選ばれる」ための採用活動を行う必要があります。

転職市場でエンジニアから応募が多い企業の特徴を参考に、採用活動のポイントを探ってみましょう。

(1) 優秀なCTOの存在
有名プロダクトの開発経験や、セミナーやカンファレンスの登壇が多い等、技術部門の長であるCTOの実績や考え方が開示されている企業には、応募が集まる傾向があります。

(2) 社内での開発部隊の地位が高い
プロジェクトの中心にエンジニアがいる、あるいはエンジニアが活躍していることがわかる企業も人気が高いです。具体的には、プロダクト、社内環境、開発拠点等、エンジニアファーストとまでは行かずとも、エンジニアへの期待値が高いかは求職者にチェックされています。付随的に、こうした企業は給与面も高水準となることが多いです。

多くの企業にとって、このような条件は一朝一夕で整えられるものではないでしょう。しかし、こうした企業が求職者を惹きつける背景から見えてくることもあります。それは、「開発に関わる先の未来が見えやすいこと」です。

フロントエンドエンジニアと一言で言っても、その具体的な業務内容は、マークアップから、UI/UX設計、フルスタック寄りのシステム構築等、企業によってばらつきがあり、キャリア形成という点でも不透明な部分があります。

そのため、自社のプロダクトや関わったプロジェクト、社内でのフロントエンドエンジニアの役割、問われる経験やスキル、解決してほしい課題等、自社のことを積極的に発信していくことは、採用活動において有利になると言えます。自社で働くイメージを可視化し、自社の一員として埋めてほしいピースを求職者に開示することが、企業の求心力になるわけです。

 

求職者から人気の高い企業の特徴

人気企業に共通するのは「入社後のイメージが見えやすい」こと。表層的な待遇面のアピールではなく、ともに働くイメージを喚起できる社内環境の発信も重要です

 

「自社の」エンジニアの解像度を高める

逆に、採用のミスマッチが多い企業の特徴としては、自社のフロントエンドエンジニアの解像度が低いことが挙げられます。採用担当者が自社のフロントエンドエンジニアの具体的な業務内容を知らない、あるいは組織全体として、注力していきたい分野やそのために採用すべき人物像が明確になっていないというようなケースです。このような場合、求人条件も漠然としたものになり、求職者も業務内容を理解していない漠然とした応募が増え、双方に芯を捉えていない残念な採用になりがちです。

こうした事態を避けるには、採用の場における現場の関与度を高めることが有用です。開発チームを交えて自社の業務内容や課題を整理し、採用背景とペルソナ(採用したいエンジニア像)を明確化・言語化します。その上で、自社の実像と要望を求職者に発信することが、採用を成功に導くには重要です。

その他実務的なポイントでは、選考の進行の速さも、求職者の信頼を得る上で重要な要素になります。見込みある候補者には、面接時に次の採用ステップのことを話すくらいのスピード感が望ましいでしょう。スムーズなレスポンスのためにも、採用関係者間で合否基準が共有されていることが前提となるでしょう。

「フロントエンドエンジニア」という言葉が内包する領域は広く、10社あれば“十社十色”のフロントエンドエンジニア像が存在します。採用におけるミスマッチを避けるには、企業側も求職者同様に、自社のプロダクトや実績、将来的なビジョン、そのための現状の課題を明確にする必要があります。すなわち、自社に固有の「フロントエンドエンジニア」を定義することが大切です。

募集要項には現場の声を反映する

本当に求める人材を獲得するには、まず開発チームの現状を知ることが不可欠です。「自社の」フロントエンドエンジニアの解像度を高めましょう

 

POINT?
「開発に関わった時のビジョン」が求職者の心をつかむ
POINT?
「フロントエンドエンジニア」の自社独自の定義を見つけよう

 

 

原明日香(アルテバレーノ)
※Web Designing 2022年12月号(2022年10月18日)掲載記事を転載