AIの学習用データ構築が要。不動産大手のチャットボット導入 事例詳細|つなweB

約1,000件の問い合わせをどこまで減らせるか?

東京、名古屋、大阪など大都市圏を中心にライオンズマンションシリーズ・サーパスマンションシリーズの開発・販売などといった、不動産業務を中心に行う大京グループ。同社が今年3月から導入したのが、IBMのワトソン(Watson)を活用したチャットボットシステム「hitTO(ヒット)」だ。

同社がAIの活用を本格検討し始めたのは1年ほど前。グループ情報システム部内にAIやIoTの導入・活用を検討するいくつかのプロジェクトチームを立ち上げ、そのなかで最初に導入したのが、社内のITヘルプデスク業務だった。プロジェクトチームを率いた数原保一郎氏は、hitTO導入の理由をこう説明する。

「当社の場合、明確な課題があって、それを解決するためにAIを導入するというよりも、AIの存在がますます重要になる近い将来のための知見を増やすための準備として、今、AIを活用して何ができるのか、というところからスタートしました」

同社では、社員からヘルプデスクへの問い合わせがグループ全体で月に約1,000件もあるため、社内ヘルプデスク業務を外部に委託している。しかし、もしAI導入によって問い合わせ件数を減らすことができれば、大幅な対応時間削減やコスト削減につながる。ほかにも導入前後の問い合わせ件数を比較することで効果測定がしやすいことから、社内ヘルプデスク業務での活用にAIを導入することを決定したという。

「もしhitTOの導入で問い合わせが月に500件になれば、ヘルプデスク業務のコスト削減にもつながるでしょうし、システム部の業務効率化にもなるでしょう」

導入にあたっては、ワトソンを活用したシステムのほかに、さまざまなAIソリューションを検討。最終的に必要な機能とコストのバランスが優れているという理由からhitTOに決まったという。

「10社以上のAIチャットボットを検討しましたが、コストが月額数百万円~数千万円のものも多かった中で、機能と費用のバランスでhitTOを選びました。加えてLINEなど外部アプリとの連携が可能な点や、ITリテラシーが高くなくても簡単に運用できることも決め手になりました」(吉田直見氏)

hitTOの仕組み
ワトソンを活用したhitTOは、高機能なチャットボットを簡単に作成・運用できるサービス。AIはソフトバンクが提供するWatson日本語版を採用している。ユーザーはhitTOに標準搭載されているブラウザベースのQA画面や、連携されたアプリなどを通じて会話形式で質問する

 

AI導入のハードルは「学習データの作成」

hitTOの料金は、最初の2カ月はトライアルとして、学習データの作成支援を含み75万円、本番運用後は月額50万円が基本となる。ではAIの導入にあたって、同社はどのような準備を進めたのだろうか? ワトソンに限ったことではないが、AIを導入するには、学習させるためのデータの作成が必要になる。 hitTOを開発した(株)ジェナの手塚康夫氏も、学習データの作成がAI導入にあたっての最初の大きなハードルになると説明する。

「昨今、さまざまな企業からAIについてのお問い合わせをいただきますが、初期段階でどうしてもコストがかかるのが、ワトソンに学習させるための学習データの作成です。ワトソン向けにデータを最適化するのは、やはりどうしても手間がかかってしまうのですが、大京グループ様の場合、Q&Aのデータはお持ちだったので、データをブラッシュアップすることに時間をかけました」

 

1つの回答に対して、10~15の質問を用意

前述したとおり、大京グループでは外部にヘルプデスクを委託していたため、問い合わせとその対応内容はExcelで数千件のデータとしてまとめられていた。そこで同社ではこの既存データを利用し、今年2月から約2カ月をかけてワトソンに学習させるためのデータを構築。5月には効果検証を行い、さらに精度を向上させて、6月から社内のイントラネットに導入して、社内全員での活用を目指すという。

「学習データをつくり込むほど、精度が上がっていくのは少しずつ感じています。ただ一方でデータを入れればそれで終わりというわけではなく、劇的な効果を体感できるのはこれからだと思います」(吉田倫子氏)

hitTOのようなチャットボットの場合、ワトソンへ学習させるデータは、Q&Aのセットを用意することになる。だが、問題は同じ答えになる質問でも、人間はさまざまな言葉と表現方法で伝えてくることだ。

「たとえば『電子決済のメールが送れない』という状況を、『電子決済システムでメールが来ない』と説明する人もいれば、『稟議が承認されない』と説明する人もいます。そうした曖昧な質問に対して、どの回答を選ぶかを学習させるのがAI活用のカギになってきます。具体的には、1つの回答に対して、hitTOでは10~15の質問のバリエーションを用意することで、精度を向上させます」(五十嵐智博氏)

質問のバリエーションを増やすため、同社では4名の担当者に加え、社員30名ほどにも社内システムに関する「よくある質問」を募り、データの構築に役立てたという。

一方で、大京グループのように何千もの質問と回答を用意するのではなく、もっとコンパクトな使い方も可能だ。

「hitTOのユーザーには、30個ぐらいの回答でスタートする方もいらっしゃいます。同じような質問が頻繁にあるような場合に効果が見込めます」(五十嵐氏)

 

AIはもう検討段階まで来ている

大京グループのAI導入による効果は未知数。だが、このプロジェクトがうまくいけば、さまざまな使い方を想定できるようになる。

「今後はお客様向けコールセンターの対応業務の効率化や、各営業担当者が持っているノウハウを学習させて社員全体の知識の均一化を図るということも考えています。今は異動の際の引き継ぎ事項などをExcelで共有しているのですが、それをワトソンに覚えさせるといった使い方もできるのではないでしょうか」(吉田倫子氏)

「AIというと専門知識が必要、費用が高い、何をしていいかわからないというイメージがありますが、実際には多額の投資を伴わずに導入可能なツールもありますし、ITリテラシーがそれほど高くなくても運用することができます。すでにAIは企業で十分検討できる段階になってきたと思います」(吉田直見氏)

ワトソンを導入することで、思わぬ“気付き”も得られたという。それは社内のノウハウの情報整理だ。

「何か質問されたときに、答える人によって表現が違ってしまい、質問した側からすれば、どれが正しい答えかわからなくなることがあります。でも、ワトソンを導入するにはQ&Aをしっかりと用意しなければならないので、自分たちの答えのブレに気付き、統一することができます。ひいてはお客様への対応にもつながり『担当者によって言っていることが違う』といった事態をなくせるようになるはずです」(数原氏) 

1つの回答に複数の質問を用意(1)
上が導入されたチャットボットの画面。下がワトソンに導入するための学習データの質問の一例。1つの回答に対して、さまざまな表現での質問を用意している
1つの回答に複数の質問を用意(2)
hitTOのWebサイトには、活用事例、おおよその導入期間、費用などが記載されている。「インターフェイスも非常に使いやすい」(吉田倫子氏)ことや、外部アプリとの連携も容易なのが特長だ http://www.hitto.jp/
数原保一郎_Yasuichiro Kazuhara
株式会社大京 ライフタイム・リレーション部 部長
吉田直見_Naomi Yoshida
株式会社大京 グループ情報システム部 システム企画課 係長
吉田倫子_Tomoko Yoshida
株式会社大京 グループ情報システム部 システム開発課 係長
手塚康夫_Yasuo Tezuka
株式会社ジェナ
五十嵐智博_Tomohiro Igarashi
株式会社ジェナ 執行役員 コンサルティング事業部 マネージャー
奥田高大
※Web Designing 2017年6月号(2017年4月18日)掲載記事を転載

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