超パーソナライズ時代のUX設計。AIはUXデザインをどう変える? 事例詳細|つなweB

今、AIを組み込んだ業務のリプレイスがさまざまなジャンルで本格的に進んでいる。作業の一部をAIに置き換える場合、どのようなUX設計が必要となるのか。実例を交えて解説していこう。

 

中村健太
株式会社ビットエーCMO 兼 AIプロデューサー。メディアコンサルやAIシステムの開発など、さまざまな分野で活動するマルチディレクター。2014年より一般社団法人日本ディレクション協会の会長を務める。主な著書に『Webディレクターの教科書』『Webディレクション最新常識』など。

 

プロダクト開発の現場では常識となったUX設計

今や、サービス設計やプロダクト開発の現場において当たり前の手法となった「UX設計」の考え方。ページ一つ、コンテンツ一つ、アプリやWebサービスのみにとどまらず、業務システムやオフラインプロダクトにおいても広く取り入れられる設計思想だが、言い切ってしまえばその求めるところは非常にシンプルだ。つまり、「そのサービスはユーザーとどうコミュニケーションするべきか」を事前に設計すること。それこそがUX設計によって設計されている対象と言える。

つまり「どんな感情を持ったユーザー」が「どんな形でサービスと接触」し「何を感じてどう動く」のか。ユーザーの体験を機能軸ではなく感情軸で仮定し、サービス接触前後を含めた設計をしようという考え方だ。

しかし、AIの進化と普及によってそのコミュニケーションは質と相手が変わりつつある。AIにより最適化されたコミュニケーションは、その内部で何がどう処理され判断されているのか。そこがある種のブラックボックスとなる。人間には結果しか見えず判断の根拠が見えなくなってしまうのだ。

人とコンテンツあるいはサービスとの接点に、または業務の一部にAIが入っていく時、そこに触れるユーザーのUXを我々はどう捉えどう設計していけばいいのか。国内外の実例をベースにそのヒントを探っていこう。

 

AIとの協業で生まれる新たなUX

AIによる画像認識やデータ分類、選択の効率化の事例は、世界中で毎日のように発表されている。実際に多くの投資が行われ、他のどの領域と比べても驚くほどのスピードで進化を続けているのは確かだ。

だが、実のところまだ「処理のすべてをAIに任せる」という利用方法はかなり限られたシーンでしか活かしようがないというのが現状だ。「あなたへのオススメ」といったサジェストや診断系のコンテンツなど、正解であってもなくても問題ないといった類の活用法であれば問題も少ないが、そうでない場合、すべてAI任せでは事業に組み込む事が難しい。

そのため、多くのケースにおいてAIは「人間に対しサジェスト候補を示す」部分を担当し、人間は「AIにより掲出された候補から最終的な選択および修正を行い実行する」といったフローが採用されている。人間の思考や調査の一部をAIが代行し再度人間のフローに戻す…といった設計が現在の主なのだ。

これをUX設計の観点で見直すと、なかなか頭の痛い問題が発生する。「一度人間には理解できないフロー」を経て「そこから人間が選択する」という構造になってしまうのだ。なぜ、どんな思考で、何を根拠にAIがその選択肢を作成したのかがよくわからないまま、人間は最終的な判断をくださなくてはいけなくなる。設計しきれないUXフローがカスタマージャーニーマップ上に発生してしまうというわけだ。

 

人間による判断で進む従来のフロー

 

AIによるサジェストが取り入れられたフロー
人の判断によるフローでは、その中身を理解した上でステップが進む。AIを取り入れたフローでは、なぜその選択肢が掲出されたのかが人間にはわからないまま進む
 

これを利用者(オペレーター)にとってのストレスとしないため、AIの思考を"ホワイトボックス"化しようとする動きも始まっている。一つの例にはなるが、例えば「AIが内容をどう分類し、なぜその選択肢をサジェストしたのか?」を画面上で掲出。利用者がそのフローをさかのぼって確認できるのが「AI Chat Supporter」だ。

 

ユーザーの質問をチャットボットがどう分類してその回答を出したのか、ユーザー側が確認し変更することができるチャットツール『AI Chat Supporter』 ※図は開発中画面の例です

 

人間 ⇒ AI ⇒ 人間 と作業の主体が移るワークフローにおいて、「なぜ?」を明確にすることでUXを最適化していく。精度を100%に近づけるだけではたどり着けない新たなUXの観点が生まれ始めているのだ。

 

超パーソナライズ時代のUX設計

AIの導入によるUXの変化は管理者だけに留まらない。当たり前の話だが、利用者側にも同様に大きな変化を起こしていくことになる。

例えば「○○という意味の会話をした人に■■を送る」といったチャット対話からパーソナライズしたマーケティングや、「△△な気分の人が××を見たら」といった行動条件からの感情分類により、提供されるコンテンツやコミュニケーションを変化させていく…といった設計も可能になりつつあるのだ。

これまで難しいとされてきた、ユーザーの行動に対し、リアルタイムで感情や意図を分析し、即座にコンテンツの最適化や生成、サジェストを行うAIが、エッジコンピューティングデバイスの普及やスマートフォンに内蔵されるGPUの処理速度上昇、また、モデルそのものの軽量化等に伴いいよいよ本格的に普及しようとしている。ユーザーの行動を即座に把握し、学習し、レスポンスや評価をすぐに受け入れ、また反映していくことで、従来は理想としつつも実現が難しかった「個人に最適化した体験の提供」が本当に可能になっていくだろう。これによりカスタマージャーニーマップはより最小化され、グループは細分化。厳密には仮説を立てきることが難しくなっていくはずだ。

 

従来のユーザーセグメント型UX設計

 

AIによる行動パーソナライズ設計
従来はユーザーセグメントに沿ったペルソナを用いて設計していたものが、個々のユーザーにどうレスポンスするかを重視した小さな単位での設計が可能に

 

その時我々が設計するべきは、ユーザーを特定のペルソナに押し込んで「まとめて理解する」という従来のマーケティング的思考ではなくなるだろう。大を活かして小を切り捨てるのではなく、個々の行動に対し「どうレスポンスを返すべきなのか」という、より細かなUXの設計こそ、今後最も重要な考え方となっていくのかもしれない。

 

「レイアウトを変えて」「色を変えて」など、ユーザーとの"会話"を重ねることでグラフィックデザインを提案していく「FIREDROP」 

 

自然言語による人間の指示に対し、理解できない部分を確認して実行する処理を実現したPreferred Networksのロボット https://arxiv.org/pdf/1710.06280.pdf 引用元 : Interactively Picking Real-World Objects with Unconstrained Spoken Language Instructions

 

UX 設計の意義とこれから

すべてのUX設計は、ユーザー体験の最適化のために存在している。だが、もちろんそれだけではなく、事業やサービスを効率よく成長させるフローとして成立してこそ重要だ。無数に選択肢が存在するデザインやUI設計プロセスにおいて、作り手が「格好いいからこうしましょう」と言ったところで話は進まない。予算を投下する理由にはなり得ないからだ。そのデザインやUIにすることでユーザーが狙い通りに動く可能性について検証し、根拠を得る手順が必要だ。だからこそユーザー体験を仮定し共有するUX設計の考え方が普及したとも言えるだろう。

では、AI時代のUX設計はどうなっていくのか。恐らく、これまでよりもより細かく難しくなっていくのではないだろうかと私自身は考えている。個々のユーザー行動をより細かく把握でき、対話や行動、表情などから瞬間的な感情をも類推できるようになっていく現在のAI進化の流れ。これは、従来よりも遥かに多くの選択肢を作り手と事業者に提供していくことになる。つまり「どう対応させるのが適切か?」という設計上の課題がさらに複雑になっていくのだ。

例えばチャットボットに質問し、その回答に好意的な反応をしたユーザーにはどう対話するべきか? 音声対話中に怒りの感情がこもった声を発したユーザーに対しては? あるいは、自社のロイヤルカスタマーと近しい行動でフォームに到達したユーザーには何を入力してもらうのが適切か? などなど、よりファジーで正解のない検討項目がこれでもかと並ぶことになるのだろう。

残念ながら未だAI黎明期である現在、そこに実例や王道といったアプローチは多くの場合存在しない。設計者は常に「~かもしれない」「~となるはずだ」と仮説を置きつつ思考を進めるしかないのが実情だ。であればこそ、仮説の徹底的な「それらしい設計」と「それらしさの共有と共感」が事業者と作り手の間でますます重要なものとなるはずだ。

AIの普及はUX設計の仕事を減らしてはくれない。おそらくは逆に増え、そして難しくなることだろう。それを喜ぶべきかどうかは、それこそファジーで正解のない質問であろうが。

 

仮説の徹底的な共有と共感が重要
AIの導入によりUXがどのようなものになるのか。チーム全体で強く仮説を共有しておかなくては設計が進まなくなってしまう

 

Text:中村健太