自社ECショップの現状をチェック。顧客体験向上のための考え方 事例詳細|つなweB

ますます競合がひしめくECの世界で価格競争に陥っていませんか?ここでは、自社ECショップの価値を確立し、顧客体験を向上すべく、D2Cブランド支援の実績が豊富な(株)フラクタに話をうかがいました。顧客理解に基づく適切なECサイト運営についてまとめています。

 

河野貴伸さん
(株)フラクタ 代表取締役 https://fracta.co.jp/
南茂理恵さん
(株)フラクタ ディレクションチームリーダー

 

「できていない」ことを整理する

2020年以降、コロナ禍で対面業務が難しい状況になった昨今。これまで既存モールへの出店もせず、ECに力を入れていなかった事業者からの問い合わせが、私たちのもとにも増えています。相対的に自社ECサイトを抱える事業者が増えてきた一方で、ECサイトを持つだけではメリットは少なく、競合他社と横並びの状況に悩み、運営を立て直したいニーズも急増しています。

運営中の自社ECサイトが軌道に乗らない場合、まずは足りていないものは何かを把握しましょう。自社ECの独自性の訴求や、認知・集客といった要因は浮かびやすいですが、よくあるのが、それら以前の体制の不備です。例えば、運営担当者が社内で1人しかいない、後任が育っていない、物流体制ができていないなど、「売れない」の一言では収まらない数々の問題をきちんと理解すべきです。「ECは難しい、専門的だ」と、外部に運営の大部分を任せようとするケースも少なくありません。これでは、社内に知見がたまらず予算ばかりがかさみ、運営を通じて社内全体が疲弊するばかりです。

成果を導く自社ECへの一歩は、社内でしっかりとハンドリングしながら、社内に運営の知見がたまるサイクルが生み出せる体制で臨むことです(01)。

 

01 運営に足りていないことを確認
自社EC運営の課題には、運営する体制や仕組みに不備があることも多いです。まずはできていないことの洗い出しから始めましょう。

 

「顧客体験」を確立するには「顧客理解」から始めよう

自社ECサイトの運営体制で足りていない要素を整理しながら、並行して進めたいのが、自社ECサイトを通じた最適な「顧客体験」を提供するための準備です。自社ECサイトを手がける背景には、例えば、3大ECモール(Amazon、楽天市場、Yahoo!ショッピング)の出店だと価格競争に巻き込まれるのでは、という懸念からという理由もあるでしょう。自社ECサイトだと、自社商品・サービスの独自性や強みを伝える場として専念した設計が可能で、その上で適切な機能が求められます。

ここでの「顧客体験」とは、自社商品やサービスもしくは自社ECサイトを知ってもらうこと(=認知)から、自社ECサイトを訪問しコンバージョン(購入など)へと至り、継続的な購入などロイヤルティが深まっていく一連の流れを総称して用いることとします。

そう考えると、優先的に対策したいのは、自社ECサイト内で商品やサービスの魅力が伝わる状態を提供することと、つくり上げた世界観を知ってもらうための認知・集客対策の2点です。

前者の世界観づくりでは、自社商品・サービスの独自性や、自社ブランディングを確立し、「この商品だから購入したい」という状況をユーザーと共有する必要があります。ユーザーにとって何がどう最適なアプローチなのかを探るには、顧客理解があってこそ可能です(02)。

ユーザー(お客様)が状況によってどう感じ、どのような行動をとるのか? ユーザーの状況(認知や購買、その後の継続性など)にあわせて、ユーザーの立場で想定し、どういったコンテンツを求めているのかを突き詰めるべきです。商品・ブランド側が伝えたい訴求点と、ユーザーが「いい!」と感じるツボは得てして違うものです。

顧客視点を念頭に、自社ECサイトは客観性を持った全体設計が求められます。顧客理解が深まることで、ECサイト内での伝え方や、実装された機能の取捨選択なども、根拠に基づき的確に判断できるのです。

 

02 最適な顧客体験を提供するために必要な「顧客理解」
自社ECサイトを通じて最適な顧客体験を提供するには、自社商品・サービスユーザーのことをしっかり理解した上で、ユーザーが何をどう求めているかを検討していきましょう。

 

自社商品・サービスについて「なぜ」を掘り下げる

自社ECサイトで、自社商品・サービスの世界観や強みがしっかりと伝わるようにするには、「顧客理解を深めることが出発点」と確認してきました。顧客理解を深めるためには、自社商品やサービスについて、さまざまな角度・側面から「なぜ」を追求していきましょう。追求した内容を自社ECサイトへとフィードバックし実際に反映できれば、状況の改善が期待できます。

私たちが相談を受ける場合、自社ブランドの定義について突き詰めるためのフレームワークや、自社商品やサービスのあり方を深めるためのフレームワークを用意して、具体的に「なぜ」を追求しやすくしています。ここでは一例として後者のフレームワークを紹介します(03、04)。みなさんが自社ECサイト運営で行き詰まっていたら、03と04の空欄を埋めてみましょう。ECサイトが、運営側の思い込みや勘違いが混ざったままの「独りよがりな自動販売機」のような状態になっていないでしょうか? フレームワークを通じて、自社商材について項目別に「なぜ」そうなのかを追求し、出てきた要素を自社ECサイトに反映しましょう。自社ECサイトが自社商品やサービスに関わる体験ができる接点となるためには、顧客理解に基づいて、このように具体的に深堀りしながら内容を見直すことが大事です。

実際にこうしたフレームワークを用いれば、リモートワーク体制でもチーム内の見直しがしやすいです。ステークホルダーが参画するワークショップを(リモート or リアルで)開いてもいいでしょう。すでに自社商品・サービスにファン歴の長いユーザーがいるなら、ユーザーの協力を得てデプスインタビューを行い、その内容も加味したり、ワークショップにユーザーも参画する形にして、フレームワークを突き詰めていく方法もあります。リニューアルに求められる条件や猶予も勘案しながら、活用しましょう。

 

長期的な観点に基づく判断を! 意思決定のための根拠に使う

03は価値に関わる項目(What)、04は市場や顧客を意識した項目(Who)と、短く特徴を言語化するための項目(How)で構成しています。両者を実行して多面的に自社のこと、自社が取り扱う商品やサービスについて突き詰めましょう。

ワークショップなど複数人でこれらに取り組むと、項目ごとで理解や認識にズレが生じている箇所も発見できます。ズレの原因を探れれば、今までユーザーに対して与えていた(かもしれない)誤解にも気づけます。こうしたフレームワークは、(表に出す機会がなかっただけで)個々人がそれぞれに考え、思っていることを可視化できる機会になる点でも、利用する価値があります。

最近、私たちが実務で実感するのは、「サービスドミナントロジック」と呼ばれる考え方が、年々企業・組織に浸透してきている点です。商品を単なるモノだと捉えず、モノを取り囲む周辺の要素や体験までも含めて「サービス」として価値を定義する考え方を大事にしようとしています。商品やサービスの魅力をどう定義し、誰に対してどのようなストーリーで体験してもらうべきかは、一度きちんと整理できると、社内の目線も定まるでしょう。

後は、フレームワークによる可視化が、今後の取り組み方を決める「根拠」として活用できるかどうかです。例えば、コンセプト重視を掲げたコミュニケーションをすると決めても、一方で価格帯やSEO対策など即効性の伴う手段は気になるものです。フレームワークづくりには、必ず意思決定者が入るとは限りません。自社ブランドや自社商品・サービスは長期的な視野に立ってじっくり醸成していくものである、という理解を担当者自身がチーム全体で深めておくとともに、意思決定者に対して明確に説明、説得できる状態にしておくことも大切です。

 

03 自社商品・サービスの価値(What)を突き詰めるためのフレームワーク
フラクタが実務で使用する、自社商品・サービスの「価値」を多面的に掘り下げるためのフレームワークです。フラクタの提供データに基づき編集部が作成。今回、03と04とともに、自社ブランドの定義を突き詰めるためのシートを用意しました。WD ONLINEからダウンロードできます。 https://book.mynavi.jp/wdonline/ 

 

04 自社商品・サービスの特性(Who、How)を突き詰めるためのフレームワーク
自社商品・サービスのターゲットやキャッチコピーなどを整理するためのフレームワークです。フラクタの提供データに基づき編集部が作成。実際にフレームワークをダウンロードして実行してみると、より現状の問題点に気づきやすくなるでしょう。

 

顧客理解に基づき、集客手段に優先度をつける

顧客理解に基づき、自社商品の世界観づくり、自社サービスの強みや独自性を整理できたら、そもそもそれらの世界観や強みをターゲット層に知ってもらう必要があります。並行して取り組むべき集客対策も考えましょう。

集客対策も顧客理解に基づくと、より適した手段が見えやすいです。ユーザーがどういう経路やシーンで自社商品を見つけて、ECサイトに来訪するのか。フレームワークで導いた根拠に基づき、適した手段を洗い出します。

例えば、自社ユーザーが写真や画像を通じて興味関心が喚起されやすく、購買意欲を高めているユーザー層であれば、SNSの中ではInstagramが有力な選択肢と考えられそうです。文章できちんと伝えてほしいユーザーが多いならFacebookなど、SNSの中でも注力すべきプラットフォームが変わります。顧客理解を深めておけると、手段の選択も確度が高まるでしょう。

ただ、自社ECサイト運営で抱えがちな問題が、担当者のリソース不足です。中小規模ほど、担当領域が多岐に渡りながら、すべてを1人で担う状況も少なくありません。日々の運用から多様な手段を取り入れて、ましてやマーケティング管理までを1人で行うのは困難です。限られた予算とリソースに基づく対応が必要になってきます。

そこで、ここまでのプロセスで導いた根拠に基づき、集客手段の選択肢に優先順位をつけましょう。直面する条件の中で、何度もサイクルしながらフィードバックを反映できる手段を選ぶと、長く続きやすいです(05)。避けたいのは、思いつくすべての集客手段に手を出すこと。単発、思いつきでやっても効果は限定的です。

認知の拡大とは、いかに継続的に自分たちの顧客(および顧客になりえるユーザー)に向けて、効果的な手段で訴求を続けられるかです。

 

05 限られた予算やリソースの使い方
顧客理解ができると、集客手段に優先順位がつけられるはずです。すべての手段に注力するのは難しいので、よりふさわしい手段に予算をあてて、担当者のリソースも踏まえて「できる範囲で」「継続的に」実行しましょう。

 

相手は自社商品をよく知らないプレスキットを用意しよう

私たちが実務を重ねる中で、認知拡大・集客施策の観点で多くの企業ができていないことが、「語りやすいメッセージの準備」です。世界観、強みの訴求ができている自社ECサイトは、その顧客が他の顧客を連れてきてくれるという循環ができています。自社商材に共鳴してくれたユーザーが、他のユーザーにも伝えたくなる時に「語りやすいメッセージ」が用意されていれば、成果につながりやすいわけです。そうしたメッセージを用意していない企業が少なくありません。

もちろん、扱う商材・サービスの種類、性質によりますが、伝えやすいメッセージをまとめておいたプレスキットの用意はおすすめです。こう伝えると、「すでにECサイトやオウンドメディアなどで、商材に関するコンセプトページ、詳細ページを用意している」と言われるかもしれません。問題は、そうしたページがどれほど読まれているか。伝える工夫をしないと、伝わらないのが現実です。未知のユーザーに向けて、特徴が端的にまとまった資料を用意しておけば、各種メディアからの問い合わせにもスムーズに対応できます。いつでも他者が取り上げやすい状況をつくっておくことが大事です。

メディア向けだけでなく個人向けに伝わりやすいボリュームにまとめておくことも必要です。ユーザーからすると、こうした先回り、気が利く対応に自社商材への印象度をプラスにしてくれるきっかけにもなります(06)。

伝わりやすさという観点でもう少し考えると、モールの扱いも見えやすくなります。自社ECサイトと商品構成・ラインアップを変えて、認知や集客目的でお試し版を提供できれば接点の可能性が広がり、自社ECサイトとも内容が重なりません。各モール独自の作法やセット売りなどの制約もあるので、折り合いを見つけて出品するのは一案です。

 

06 人に伝えたくなるプレスキットの用意
熱い思いが伝わるコンセプトページは、限られた人しか読んでくれません。商品やサービスについて端的に特徴をまとめた資料(プレスキット)を揃えておきましょう。興味を持った第三者にすぐに渡せて、短時間で強みが把握できるデータ一式にまとめておくのがベターです。

 

集客後の流入に備えて部分的な改善からスタート

集客後、自社ECサイト内に来訪するユーザーへのもてなし方が問われます。ここでは、細かな点は商品・サービスの性質によって違ってきますが、普遍的に踏まえるべきことを押さえましょう。

私たちが実際の現場で事業者と並走する際に勧めるのが、部分的な改善によるスモールスタートです。裏返すと、自社ECのリニューアルで避けるのは、一度にガラッと変える全体最適化です。

ガラッと変えるのを避ける最大の理由は、リニューアル前後の数字の変化が追えなくなるからです。結果が出ていないECサイトほどすべてを変えたくなる心情は理解できますが、何をどう変えて数字が改善されたのか? むしろ数字が低調となったのか? など取得データの読解が難しくなります(07)。

例えば、集客施策と並行して、自社商品・サービスの世界観を反映したECサイトの中身、UIやUXを改善するのに、システムだけでなくデザインも変えたい状況があったとします。そこで顧客理解に基づき優先的に取り組む箇所から改修します。中でも、カートに商品を入れるまでの導線設計に問題があれば、導線に的を絞った改善を行い、改善後の推移を見守ると生産的です。ここで必要以上にデザインも刷新したり、同じタイミングでECシステムを丸ごと乗り換えたりせず、絞った改善点の動向を把握します。直面する問題の内容や深さも加味し、慎重に判断しましょう。

こうしたスモールスタートの利点は、工程ごとのタスクを分解して対応しやすい点も挙げられます。分解した1つあたりのタスクは規模が小さく、予算やリソース面でも取り組みやすいはずです。リニューアルのタイミングを外さないためにも、予算や社内リソースを意識した部分改善によるスモールスタートが効果的です。リニューアルの遅延を招かず、公開後のデータに改善の大きなヒントがあることも理解しておきたいです。

 

07 データを活かしたスモールスタートでのリニューアル
自社ECサイトのリニューアルは、限られた予算と時間、リソースを考えて、優先度の高い要素に絞ってスタート。これで、改修後のデータ変化の要因も追いやすくなって、全体最適化に向けた次の一手が打ちやすくなります。

 

仮説と検証を繰り返しながらデータを適切に活用する

最後に、自社ECサイトに蓄積される定量データや、利用や購入を通じた定性的な声の活かし方を考えましょう。

定量データについては、データを通じて「何を知りたいのか」「何を分析して、どう反映したいのか」を明確にします。つまり、仮説を立てて検証を行うサイクルを大切にしましょう。私たちが実務でよく直面するのが、「Google Analyticsの使い方を教えてほしい」といったツールの操作方法に関する相談です。ツールを使いこなせるのも大事ですが、その前にツールを使う意味を考えられると、目的がはっきりして確認するべき数字が明確になりやすいです。

例えば、数でなく単価で勝負する商材なら、顧客単価が高まるようにECサイトが構築されているのか。問題があるのが商品構成なのか、商品ページなのか。カート画面での離脱が気になればカート画面で使いやすさを尋ねるアンケート(質問項目は最小限)を設け、データを集めることも一手でしょう。目的あってのデータであり、取得方法や経路も変わってきます。

コメントなどの定性的な声については、自社ECサイトが想定するユーザーからの声かどうかを見極める必要があります。自社ECのターゲット層からの厳しいコメントは真摯に向き合うべきですが、ターゲット層とは異なる、自社ECで訴求する狙いとは違った受け止め方をするユーザーの声を、あまり気にかける必要はありません。例えば、商品Aの強みがBという品質なのに、BあってのAを知らないユーザーが「Aは価格が高い」とクレームをつけたとします。それに対応するには、Bという品質を崩すCという特性をつくる可能性が出てきてしまいます。Cをつくるような対応は避けるべきです。

自社が想定するお客様の意見・クレームと、想定外のお客様の声では、中身の質が異なります。闇雲にすべてを受け止めないことも大切です(08)。

 

08 適切な定量データと定性データの活かし方
取得する定量データは、仮説ありきでデータを検証できると問題点が洗い出しやすくなります。体験者のコメントや声などの定性データは、自社商材の世界観や強みを理解するユーザーの声、クレームほど真摯に対応。一方、商品特性の理解をしていないクレームには過度に惑わされる必要はありません。

 

Text:遠藤義浩